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アルピーヌ

1955年、レーシング・ドライバーのジャン・レデレによりパリで創業。

レデレは当時販売されていたルノー4CVのシャシーを流用したレーシングカーでレースに出走していたが、そこからフィードバックした最初の市販車、A106を1956年に発表。

1959年にはルノー・ドフィーヌがベースのA108、1963年にはルノー8がベースのA110を発表した。アルピーヌA110は特にラリーで無類の強さを誇り、伝説的スポーツカーとして名を残した。


1962年からはルノー車のチューナーとして有名なアメディ・ゴルディーニの協力を得、排気量996ccのM63でルマン24時間レースへ参戦。1964年に1001cc・1108cc・1149ccと3種類のエンジンを用意したM64、1965年に1296ccエンジンのM65(A210)を投入。

1968年には3000ccエンジン搭載のA211とA220を投入するが、ルマンへの参戦はここで一旦終了となる。


1969年、企業規模が大きくなったため、ドーバー海峡に面したディエップに工場を作り、その後のアルピーヌの拠点となった。

アルピーヌ・ルノー

1973年、レデレ家がルノーに株式を譲渡し、アルピーヌはルノーの子会社となった。「ソシエテ・デ・オートモビル・アルピーヌ・ルノー」の正式名が与えられ、専用モデルの他にもルノーの特別なモデル(R5ターボ、スピダー、クリオV6、トゥインゴRS、クリオRS、メガーヌRSなど)の開発を担当することになる。

この年WRCが開催され、A110が初代チャンピオンの栄誉に輝く。

A110の上級モデルとしてA310が発表されたが、車体の大きさに対しエンジンが非力と評された。


1976年、A310 V6を発売。PRVエンジン(プジョールノーボルボ3社共同開発のV6エンジン)を搭載して動力性能の余裕を得た。

その後はV6GT、V6ターボ、後継車のA610と、グランツーリスモとして発展してゆく事になる。

1995年にA610が生産終了となり、アルピーヌ・ブランドの市販車は幕引きとなる。

ブランド復活へ

ディエップの工場はアルピーヌ専用モデル終焉後も存続し、ルノー・スポールで販売される競技車両などの開発拠点となっているが、知名度・ブランドイメージともに高いアルピーヌの復活が待ち望まれていた。

2007年10月9日、アルピーヌブランドを復活させることが発表され、2010年が予定とされていたが、同年には特に何も無かった。

2012年、ルノーはコンセプト車「アルピーヌA110-50」を発表。ケーターハム社に株式の半分を提供し、新会社「オートモビル・アルピーヌ・ケータハム」を立ち上げる事が決定するが、この提携は2014年に頓挫した。

2015年、ルマン24時間レースでコンセプト車「アルピーヌ・セレブレーション」がデモ走行を行い、アルピーヌの市販車開発は続いている事が明らかになった。

2017年10月、アルピーヌ・ジャポン設立。

2018年6月22日、新型アルピーヌA110が発売された。


pixiv

pixivタグとしてはA110など、このメーカーが製造した車種のイラストが多い。

関連項目

ルノー スポーツカー フランス ラリー メガーヌ・アルピーノ

葛城ミサト…アルピーヌが愛車という設定で、劇中でも乗り回しているが、たびたび破損する。


参照

wikipedia同項目

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