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スティーブン・スピルバーグ

すてぃーぶんすぴるばーぐ

スティーブン・スピルバーグ (スティーブン・アラン・スピルバーグ / Steven Allan Spielberg) は、アメリカ合衆国の映画監督、プロデューサー。
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概要

1946年12月18日、オハイオ州シンシナティのユダヤ人の家庭に生まれる。
子供のころから映像に夢中で、後にウォルト・ディズニーこそ僕の生みの親で、テレビは育ての親だ」と語ったほど。ほか、スタンリー・キューブリック、デヴィッド・リーン、黒澤明アルフレッド・ヒッチコック、『ゴジラ』などの諸作品を好んだ。
幼少期、学校ではいじめに遭い、両親は不仲で離婚してしまうという、孤独な少年時代を送った。このときの経験が後の作風に大きな影響を及ぼしている。
12歳のころには8mmカメラで短編映画を、14歳のころには40分ほどの戦争映画を撮っていた。
17歳のころにユニバーサル・ピクチャーズへ勝手に潜り込んで人脈をつくり、大学時代にはハリウッドを行き来して現場を学んだ。そこで撮った『Amblin』がユニバーサルの副社長に気に入られ、テレビ映画の監督として契約。
1972年、テレビ映画として撮った『激突!』が海外では劇場上映されるほどの好評を得ると、1974年に『続・激突! カージャック』(『激突!』の続編ではない)で劇場映画監督デビューした。
1975年、『ジョーズ』が当時の世界最高興行記録を打ち立てる。
その後、『E.T.』や『ジュラシック・パーク』といったヒット作で名を世界的に知らしめた。今や"世界でもっとも成功した映画監督"といわれるほどのヒットメーカーである。
1994年にはドリームワークスを設立している。

人物

  • ジョージ・ルーカスとは長年の親友。ルーカスが学生時代に撮った『電子的迷宮/THX 1138 4EB』の出来に嫉妬し、ライバル視していた。『ジョーズ』の興行記録世界一を上書きしたのもルーカスの『STARWARS』だった。『インディ・ジョーンズシリーズ』は二人のタッグで作られている。
  • 親日家。先述したように、黒澤明や『ゴジラ』が幼少期から好きであった。
  • コンピューターゲームも好きで、家庭用ゲーム機はことごとく所持している
  • 撮影が早い。『プライベートライアン』は2ヶ月で撮り終わった。
  • リメイクや続編で興行を確保するのは安易だと考えており、やりたがらない。『ジョーズ』の続編はノータッチ、『E.T.』の続編要請は断固拒否し、『ジュラシック・パーク』は監督から製作に回った。例外は『インディ・ジョーンズ』。
  • 大衆向けの娯楽作品が有名な一方で、『シンドラーのリスト』『プライベートライアン』などでは戦争を題材にしたシリアスなドラマも撮っている。これらに現れた反戦的なメッセージから賞狙いだと見る向きもあるが、町山智浩はこれら作品に見受けられるマニアックな細部へのこだわりから、反戦的なテーマは後付けにすぎず、スピルバーグの軍事趣味が現れたものと解釈している。
  • NHKの番組『クローズアップ現代』でインタビューを受け、子供の頃から映画に夢中だったが、女の子となかなか付き合えなかった内気な少年時代だったと回想し、あの頃の自分は今で言うオタクだったと述べた。
  • 2012年に自身が幼少期に学習障害(発達障害)であったことを公表。同級生に比べて読み書きが遅く、そのためいじめも受けたという。


作品

監督

『激突!』1971年
『続・激突! カージャック』1974年
ジョーズ』1975年
未知との遭遇』1977年
『1941』1979年
インディ・ジョーンズシリーズ』1981年/1984年/1989年/2008年
E.T.』1982年
トワイライトゾーン/超次元の体験』(第2話)1983年
『カラー・パープル』1985年
『太陽の帝国』1987年
『オールウェイズ』1989年
『フック』1991年
ジュラシック・パーク』1993年/1997年(1,2作目)
シンドラーのリスト』1993年
『アミスタッド』1997年
プライベートライアン』1998年
A.I.』2001年
『マイノリティ・リポート』2002年
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』2002年
『ターミナル』2004年
宇宙戦争』2005年
『ミュンヘン』2005年
タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』2011年
戦火の馬』2011年
リンカーン』2012年

製作

(監督作を除く)
ポルターガイスト』1982年 - 脚本兼任
『アメリカ物語2/ファイベル西へ行く』1991年
『SAYURI』2005年
父親たちの星条旗』2006年
硫黄島からの手紙』2007年
SUPER8/スーパーエイト』2011年

製作総指揮

1980年代からは製作総指揮(プロデューサー)としてのクレジットも多い。総指揮としての役割は決まっておらず、単に映画にハクをつけるため・スピルバーグが自作の資金を確保するための名義貸しから、実際に内容に関与しているものまで、まちまちである。

グレムリン』1984年/1990年
『ヤング・シャーロック ピラミッドの謎』1985年
バック・トゥ・ザ・フューチャーシリーズ』1985年/1989年/1990年
グーニーズ』1985年
『ニューヨーク東8番街の奇跡』1987年
ロジャー・ラビット』1988年
タイニー・トゥーンズ』(アニメ)1990-1995年
『アニマニアックス』(アニメ)1993-1999年
『恐竜大行進』(アニメ)1994年
キャスパー』1995年
ピンキー&ブレイン』(アニメ)1995-1999年
メン・イン・ブラック(MIB)シリーズ』1997年/2002年/2012年
『ディープ・インパクト』1998年
マスク・オブ・ゾロ』1998年/2005年
『キャスト・アウェイ』2000年
『バガー・ヴァンスの伝説』2000年
シュレック』2001年
『ジュラシック・パークⅢ』2001年
トランスフォーマーシリーズ』2007年/2009年/2011年
ラブリーボーン』2009年
トゥルー・グリット』2010年
『カウボーイ&エイリアン』2011年
リアル・スティール』2011年

関連タグ

映画監督
スピルバーグ
ドリームワークス

外部リンク

スティーヴン・スピルバーグ - Wikipedia
スティーヴン・スピルバーグとは - ニコニコ大百科
スティーヴン・スピルバーグ - はてなキーワード
スティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg) のプロフィール - allcinema
スティーブン・スピルバーグ - 映画.com

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