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ニューヨーク・ヤンキース

にゅーよーくやんきーす

アメリカンリーグ東地区に所属しているMLBの球団

概要

メジャーリーグの球団の一つ、恐らく世界で一番有名なチーム。
ピンストライプのユニフォームと資金の豊さに定評がある。
数々の名選手を生み出し、べーブ・ルースルー・ゲーリックジョー・ディマジオ等永久欠番になる選手が多く、現役のデレク・ジーターマリアーノ・リベラも永久欠番候補とされている。
いずれは背番号3桁のスター選手も出そうな勢いである。

日本で言う所の読売ジャイアンツみたいな存在ではあるが、スケールの大きさで
言えば桁違いであり、巨人は数億単位でFA選手ばかり獲得しているが、こちらも桁違いの規模の
マネーで(1年あたり年俸10億円以上はザラで、複数年で100億円以上もいる)スター選手をそろえている。
あまりに集め過ぎるので、MLBが1球団あたりの総年俸が限度額を設けて、それを越えた球団には
「ぜいたく税」を科したほどで、明らかにヤンキースに対する嫌がらせともいうべき処置だったが
ヤンキースは構わずぜいたく税も払った上で有名選手をかき集めていた。

かつての名物オーナー、ジョージ・スタインブレナーなども渡邊恒雄と比較されがち
だが、こちらは数度にわたって、選手を脅迫した等の理由で、MLBから複数回永久追放処分を
受けてはその都度復活し、以降も毎年のように監督を代えるなどトラブルは絶えず
球団同様にスケールの違いを見せつけていた。嫌われ度も他球団のオーナーやゼネラル・マネージャーとは段違いで、選手への野次が飛び交うヤンキースタジアムのライトスタンドでは選手への野次について余りにも野蛮もしくは卑劣なものは自主規制される習慣があるが、スタインブレナーへの野次については例外とされており、「ジョージ! さっさとクリーブランドに帰っちまえ!」などというのは、まだまだ優しい部類の野次に属するとされていた。

歴史

1900年にアメリカンリーグが発足した際、ニューヨークに球団を置く事が検討されたが、当時ニューヨーク・ジャイアンツ(現サンフランシスコ・ジャイアンツ)が存在していたため、別の球団が移転し、野球空白区となっていたボルチモアに「ボルチモア・オリオールズ」(現在の同名球団とは別)として発足した。1903年にジャイアンツと和解しニューヨークヒルトップ・パークを本拠地とする「ハイランダーズ」となる。1913年にジャイアンツとポロ・グラウンズを共用する形となり、同時にボストン・アメリカンズ(現ボストン・レッドソックス)に対抗した愛称「ニューヨーク・ヤンキース」を正式な名称とした。1923年にヤンキー・スタジアムが完成しそこを本拠地とした。この頃のヤンキースは「殺人打線」と称される超強力打線を築き、黄金時代を享受した。しかし、1965年以降他球団と比べ黒人差別が強く、黒人の入団をためらっていたヤンキースは一気に成績が低迷した。2009年、ヤンキー・スタジアムの改築に前後し松井秀喜の活躍もあり再び全米一位となり強いヤンキースが復活する事となった。

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