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パルサー

ぱるさー

日産自動車が1978年から2000年まで製造、販売していた小型乗用車である。
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曖昧さ回避

  • パルス状の電磁波を発生する天体の総称。現在では中性子星がその正体と考えられている。
  • 日産自動車が生産していた乗用車の車種名。上にちなんで命名された。本稿で解説。


概要

4ドアセダンからスタート。その後ハッチバッククーペ、ライトバンが設定された。その生涯を一貫してヨーロピアンイメージの小型車として開発/生産された。

歴史

初代 N10/N11型系(1978年 - 1982年)

1978年5月

チェリーF-II(F10型、1974年発売)の後継車種としてN10型パルサー登場。サニーの弟分の位置づけであり、輸出名はチェリーの名を引き継いだ。チェリー店で売られていた。発売当初はファストバック(2ボックス)スタイルながら、独立したトランクを持つ4ドアセダンのみ。エンジンは直列4気筒OHV1200/1400ccのA12/A14型。駆動系の配置は、エンジン、トランスアクスルを上下(2階建て)に配するイシゴニス式。サスペンションは前ストラット、後セミ・トレーリングアームの四輪独立で、スプリングは前後ともコイルスプリングを用いるなど機構的には先代のチェリーF-IIを踏襲している。また、1400cc車には独特のH形ゲートを持つクラッチレスMT(あるいはセミAT)「スポーツマチック」車も引き続き設定された。デビュー時の広告では、パルサーを中心に欧州を代表する小型FF車フォルクスワーゲンゴルフルノーサンクミニを並べ、「パルサー・ヨーロッパ。」と謳っていた。

1978年9月

3ドアハッチバック、3ドアクーペ及びA14E型電子制御燃料噴射(ニッサンEGI)付きエンジン搭載車を追加発売する。

1978年11月

パルサーバン発売。コストと耐久性を重視してリアサスペンションをリーフ・リジット式とするのが常であるバンモデル(前身のチェリー・バンもリーフ・リジット式であった)としては珍しく、横置きトーションバー・スプリングを用いたフル・トレーリングアーム式独立懸架を採用していた。スペース効率に優れたこのサスペンションにより、超低床レイアウトを実現し、荷室は、小さな外寸にそぐわない天地に広い空間を構築していた。またその超低床レイアウトを生かすべくバックドアは開口見切りを大きく下げており、結果リアバンパーは極端に天地に薄いものとなっていた。

1979年8月

パルサーバンが昭和54年排出ガス規制適合によりN11型系車となる。

1979年9月

5ドアハッチバックを追加。基本的に4ドアセダンと同じスタイルのボディに、3ドアハッチバックと同じリアゲートを組み合わせたもので、4ドアセダンに比べリアシートのバックレストが可倒式になり実用性が増した。またトランクの開口部が上方向に広がったが、開口部下端は4ドアセダンのバンパーレベルからテールランプ上端に上がった。

1980年2月

サンルーフ付車追加。

1980年5月

マイナーチェンジ。角型ヘッドライトを採用。4ドアセダン廃止。

1981年3月

2度目のマイナーチェンジを実施。エンジンが、直列4気筒SOHCのE型に変更される。排気量は1300と1500ccで、型式はそれそれE13、E15型である。駆動系の配置は、エンジン、トランスアクスルを直線状に配するジアコーサ式となる。同時にトルクコンバータとプラネタリーギアを用いた一般的な構造の3速フルATが開発され、「スポーツマチック」は廃止。また、バンの基本型式がN10型に戻った。モデル末期に大掛かりな機構の変更がなされたが、これは同年10月に発売のB11型サニー(同車初の前輪駆動)のパイロットモデルとしての役割を果たすためであった。

モータースポーツ

パルサーはレース活動が活発で、クーペによるワンメイクレースが開催された。1981年にはRACラリーに参戦。

2代目 N12型系(1982年 - 1986年)

1982年4月

N12型にモデルチェンジ。ボディタイプは3ドアおよび5ドアハッチバック、2ドアノッチバッククーペのラインナップ。クーペはグレード名を「エクサ」(EXA )シリーズとした。海外輸出は長らくダットサン310から欧州では「日産サニー」。アジアオセアニアでは「日産パルサー」(中文:日産彗星)とした。速度メーター類はドイツ・アウトバーン対応の240km/h以外は日本仕様に準拠した。オーストラリアではGMホールデンにホールデン・アストラという名称でOEM供給もした。

1982年6月

4ドアサルーン(セダン)を追加発売(バイオレットリベルタの後継車・リベルタビラの姉妹車である)。エンジンはE13S/E15S(キャブレター仕様)/E15E(EGI仕様)を搭載。

1983年5月

E15ET(ターボ仕様)とディーゼルのCD17を追加及び一部改良。一部グレードに日本初のドアミラーを装備。

1983年7月

日産とイタリア アルファ・ロメオとの技術提携により「アルファロメオ・アルナ」(合弁会社名「Alfa Romeo e Nissan Automoveicoli S.p.A」に由来)が登場しヨーロッパで販売された。ボディ形状は3ドア/5ドアハッチバックのみで、フロントおよびリアの意匠がパルサーと異なるほか、エンジンはアルファ・ロメオ製で「スッド」由来の水平対向4気筒・SOHCエンジンを搭載していた。

1984年3月

マイナーチェンジ。3ドアハッチバックの1500cc車をアルファ・ロメオと提携したモデル「ミラノX1」シリーズとする。

1985年2月

特別仕様車1300 5ドア TCスペシャルXV及びTS-GスーパーエクストラXV発売。

1985年5月

「3ドアハッチバック1300ELLE-S」、および「3ドアハッチバック1500ミラノX1 ホワイト・ミラノ仕様」を設定。ターボチャージャーの冷却方式を水冷式に変更。

1985年9月

特別仕様車1300 4ドアTCスペシャルXV発売。

1985年12月

アルファシリーズ追加。

1986年

アルファ・ロメオ アルナ生産終了。

1986年5月

N13型にモデルチェンジされる。

3代目 N13型系(1986年 - 1990年)

1986年5月

N13型にモデルチェンジ。4ドアセダン、3ドア/5ドアハッチバックの3タイプのボディをラインナップ。クーペは新車種「エクサ」として独立したため(型式上はKEN13となっており、後記の日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞にも含まれていた)パルサーのバリエーションとしては廃止。エンジンはE13S、E15S、E15E、CD17に加えてCA16DEを搭載。フルライン化されつつあったターボエンジンを廃止する。また、量産車世界初となるビスカスカップリング式4WD「フルオート・フルタイム4WD」搭載車をラインナップ。上級グレードのスピーカーには世界ブランドのJBL製を標準装備し、運転席ドア開口後部に専用の傘が収納できる“アンブレラポケット”を3ドアに設定。姉妹車のラングレー、リベルタビラ、エクサと共に日産初の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。海外向けとして、欧州では「日産サニー」、アジア・オセアニアでは「日産パルサー」として輸出された。なお、このモデルはオーストラリアでも現地生産車として販売されていたが、フロントマスクは姉妹車であるラングレーのもので、エンジンは国内仕様にはない1.8Lに換装されていた。また、香港向けについてはフロントグリルおよび速度メーターなども日本国内と同一であった。

1987年2月

特別仕様車扱いでトリプルビスカス・フルオート・フルタイム4WD搭載車を発売。後のアテーサへの橋渡し的モデル。

1988年4月

マイナーチェンジで1.5LのエンジンがGA15S、GA15Eという通称「スーパーインテークエンジン」(4気筒SOHC12バルブ)へ変更された。同時に新グレードM1'NとR1ツインカムを設定、ミラノ系のフルカラースポーツ仕様にダークグリーン色を設定。トリプルビスカス・フルオート・フルタイム4WD搭載車がカタログモデルになる。
R1ツインカムとはラリー競技参加を主眼としたグレードで、4点式ロールバーやクロスレシオミッションが搭載されている一方、パワーウインドーやカラードドアミラーなどの快適装備が省かれ、外装は最廉価グレードV1と同等である。富士スピードウェイ等でSp(スポーツプロダクション)クラスやフレッシュマンレース参戦車両としても使用された(X1ツインカム)。

4代目 N14型系(1990年 - 1995年)

1990年8月

N14型にモデルチェンジ。N13型まで存在していた姉妹車のリベルタビラとラングレーがN14型へのモデルチェンジを機にパルサーに統合されたことに伴い、取扱系列が従来のチェリー系列販売会社に加えて、リベルタビラ取扱の日産店系列販売会社とラングレー取扱のプリンス店系列販売会社も加わった。グレード/バリエーションが多く、グレード名だけで V1、M1、J1J、K1、K1-D、X1、X1R、GT、GTI、GTI-R の10種類が存在し、エンジンの排気量は1.3L、1.5L、1.6L、1.7Lディーゼル、1.8L、2.0Lターボの6種類が存在しており、この代からガソリンエンジン車が全てDOHC16バルブ化された。ボディタイプは3ドアハッチバック、4ドアセダン、5ドアセダンがある。これらに MT/AT や 2WD/4WD も組み合わせると極めて多くのバリエーションが存在した。中でも目玉は4連スロットルバルブ等を搭載し、ハイチューン化されたSR20DET型 2.0L 230PS ターボエンジンと、U12型ブルーバードSSS-Rから熟成されたフルタイム4WDシステム「ATTESA」を3ドアハッチバックに搭載したホットモデル「GTI-R」である。尚GTI-Rは、エアコンがオプション設定だった。また、GTI-Rにはスタンダードのほか、ラリー等競技用ベースグレードもカタログモデルとして存在した。
パワーウインドが簡素化され、装備品はクロスレシオミッションと機械式LSD・鉄板の接合部のスポット増しがされていた。
スタンダードのGTI-Rにニスモ製ロールバーや、ショックアブソーバー等が装着された。GTI-Rニスモが限定で販売もされた。

1992年

九州工場での生産を開始。

1992年9月

マイナーチェンジで前後に日産のCIマークが付く。

GTI-R

GTI-R」はN14型パルサーのイメージリーダーとして開発初期の段階から企画され、WRCへの参戦を前提に設計された。日本テレビよみうりテレビ系で放送された「EXテレビ」でも、WRC出場前から多数の生CMを打つなど、派手な広告戦略を取った上で、日産の新しいラリーウェポンとしてかなりの自信と期待を持ってリリースされた。当初ハイパワーエンジンに対して小さな車体はラリーフィールドでの強力な武器となると考えられていたが、改造範囲の狭いグループAであることが災いし、タイヤサイズの拡大ができずにパワーをもてあまし、エンジンルームの狭さからラジエーターやインタークーラーの冷却が十分に行えないなど、競技車両として様々な問題が露呈した。小さなボディーにハイパワーエンジンというコンセプトは、夜中の峠道を疾走するローリング族や、ラリーイメージを好むユーザーからの人気を獲得することとなる。またGTI-Rのエンジンは当時の多くの日産車に採用されているSR20DE系エンジンではあるが、通常版とは異なる特殊パーツを備えていたため、ほかのSR20DETエンジンへのパーツの流用や、P10型プリメーラ等のSR20DE系エンジンを搭載したFF車または、FFベースの4WD車へのエンジンそのもののスワップが行われた(縦置き、横置きでは同じSRエンジンでも形状が異なり、互換性が低い)。
1992年のスウェディッシュラリーで総合3位を獲得、グループNクラスでは年間タイトルを獲得する一方、早々とWRCからの撤退を発表した。なお、英国ラリー選手権(BRC)では、SR20DE型を搭載したFFのGTI(現地名・サニー・GTI)がNMEからF2クラスに参戦し、1996年と1997年、チャンピオンを獲得している。競技車両としては短命であったが、市販車はパルサーがN15型にモデルチェンジする末期までカタログ落ちせず、堅調な販売を続けていた。

5代目 N15型系(1995年 - 2000年)

1995年1月

N15型発売。ボディタイプは当初、3ドアハッチバック(パルサーセリエ)と4ドアセダン。スポーティ系のX1/X1R/GTI(GT)と、ラグジュアリー/ベーシック系のCJ-I/CJ-II(セリエはREZZO等)の2系統のラインナップ。エンジンはガソリン車が1.5LのGA15DE型(X-1/CJ-I/CJ-II)、1.6LのGA16DE型(X1R)、プレミアムガソリン仕様の1.8LのSR18DE型(GT)、ディーゼル車が2.0LのCD20型をそれぞれ搭載していた。4WDは2仕様があり、フルオートフルタイム式(GA15DE型搭載)とアテーサ(CD20型搭載)がラインナップされた。前輪駆動車のリアサスペンションは固定車軸のトーションビーム式(マルチリンクビーム)となった。

1996年5月

RV5ドアワゴンのパルサーセリエS-RVを発売。姉妹車はルキノS-RV。

1996年9月

マイナーチェンジ(中期型)。全車運転席及び助手席のSRSエアバッグを標準化した。また、ABSを標準装備化した。車名ロゴ変更、日産CIマークのサイズと取り付け位置変更が行なわれた。また、中期型からは搭載されるエアコンが変更され、エアコンフィルターの装着が可能になった。

1997年9月

マイナーチェンジ(後期型)。主に外観がリニューアルされた。マルチリフレクタータイプのヘッドランプを採用し、フロントグリル、リアコンビネーションランプ、前後バンパー形状が変更されたほか、全シリーズハンドル形状の変更が行われた。また、オドメーターとトリップメーターを液晶化した。SR18DEエンジン搭載車がAT車のみに廃止。1596cc 175馬力プレミアムガソリン仕様のNEO VVL(可変バルブタイミング&リフト機構)を採用したSR16VE(通称青ヘッド)を搭載したVZ-Rを追加発売。型番はセダン、セリエともにJN15。組み合わされるトランスミッションは5速MTのみ。VZ-RにはRNN14パルサーGTI-Rと共通のフロント・リアブレーキが採用された。「S-RV」のRV風装飾を排除した5ドアモデル「F」追加。

1999年4月

パルサー、パルサーセリエ3ドアのCD20型ディーゼル車廃止。

2000年8月

パルサー/パルサーセリエ/パルサーセリエS-RV、すべて販売終了。

カスタマイズモデル

1996年6月 SR18DE搭載のパルサーセリエGTIの5速MT車をベースに、オーテックジャパンが開発を行った「オーテック・バージョン」(AUTECH VERSION )を発売。形式はHN15改(前期型)。先行して発売していたHP10改プリメーラに準ずるチューン(但しエキゾーストマニホールドのみFF車用SR20DE標準車のもの)を施したプレミアムガソリン仕様175馬力のSR20DE改良型(1,998cc)を搭載し、一部クロス化した専用ビスカスLSD付き5速MTとの組み合わせでスポーティな走りを可能とした。外観上の特徴は大型フォグランプ内蔵のフロントエアロバンパーと、専用大型ルーフスポイラー、専用サイドステップ、RNN14パルサーGTI-Rと共通の専用フロント・リアブレーキ、藤壷技研製マフラー、専用センターマフラー、スポーツサスペンション、205/50R15 85VのブリヂストンGグリッドタイヤを装備していた。内装はブラックを基調にオーテックジャパンのロゴが入ったホワイトメーターを装着。専用のシート地とドアトリムクロスを採用していた。ボディカラーはブラック(#KH3)とブルーイッシュシルバー(#KG1)の2色。
1996年9月 オーテック・バージョンをマイナーチェンジ(後期型)。ベース車両のマイナーチェンジに準じ、前席デュアルSRSエアバッグとABS搭載。
1997年 SR16VE搭載のVZ-Rベース(FF・5速MTのみ)のエアロセレクションとSR20DE搭載のエアロスポーツ(4WD・5速MTとOD付き4速AT)を追加。共にオーテックジャパンが開発を担当した。

エアロセレクション

大型フォグランプ内蔵のフロントエアロバンパーと、専用大型ルーフスポイラー、藤壷技研製専用マフラー、205/50VR15のブリヂストンポテンザRE710Kaiタイヤを組み合わせたゴールドの専用アルミホイールが外観上の特徴。赤ステッチの入った専用モモ製本革巻シフトノブ&専用パーキングブレーキレバー、ホワイトメーター、専用のシート地とドアトリムクロスを内装に採用していた。

エアロスポーツ

IPF製の大型フォグランプと大型フェンダーが外観上の特徴で、大型フェンダー採用によりシリーズ唯一の3ナンバー車となっている。背面スペアタイヤキャリア付車と無車が選べた。内装には専用のシート地とドアトリムクロス、ホワイトメーター、本革巻ステアリングを採用していた。
1997年 パルサーセリエ3ドアに当時参戦していたスーパー耐久(S耐)レース向けとしてVZ-R・N1および同レース仕様車を追加発売。ルキノハッチの同グレードと合わせ200台の限定生産。専用のSR16VEエンジン(通称赤ヘッド)は専用シリンダーヘッドや吸排気を採用し、クランクシャフトとフライホイールのバランス取り、ポートと燃焼室、吸排気マニフォールドの研磨などのチューンを施し、当時1.6Lクラス最強の200psを発生した。1.6ℓNAエンジンには珍しく、追加インジェクター(インマニ裏側)や吸入口の可変フラップなどを装備。またSR16VEエンジン自体がSR20エンジンのショートストローク版であることから、ピストンやスロットルボディなどがSR20系の有用なカスタムパーツとして知られている。組み合わされるトランスミッションはベース車のVZ-Rと同仕様の5速MTのみ。サスペンションはVZ-R標準車と同様のものが使われていた。
1998年10月 パルサーセリエ3ドアにVZ-R・N1バージョン2および同レース仕様車を追加発売。ルキノハッチの同グレードと合わせ1999年3月末までの限定受注、300台の限定生産。バージョン2は前年型から細かな改良が行なわれており、サスペンションはスタビライザー径を太くするなどバージョン2専用のものに変更され、それに合わせてタイヤサイズを変更(195/55VR15から205/50VR15へ、銘柄はダンロップ製FORMULA W-10を採用)している。藤壷技研製専用メインマフラーを標準装備。内装が大幅にグレードアップされ、モモ製本革巻スポーツステアリング、R32スカイラインGT-Rタイプ(フレームが共通)の専用モノフォルムバケットシート、専用シート地(座面のみオレンジ)とドアトリムクロス(オレンジ)を採用していた。このほか、オーテックジャパン扱いのオプションとして、エンケイ製の専用15インチアルミホイールと専用大型ルーフスポイラーが用意されていた。

モータースポーツ

1999年 VZ-R・N1バージョン2に、スポーツオプションとして東名スポーツ製エキゾーストマニフォールドや大型ブレーキキャリパーを設定し、スーパー耐久(S耐)に参戦。シリーズランキング2位、3位を飾る。このクラスでは最もポピュラーなシビックタイプRと同じ排気量ながらエンジン出力が大きく、またボディ剛性も高いことがチューニング業界では知られている。

輸出仕様 N16型系(2000年 - 2005年)

日本国内では、2000年8月にブルーバードシルフィと入れ替わるようにして、「パルサー」の車名は消滅したが、初代ブルーバードシルフィのモデルコードは日本国内仕様ではG10であったが、海外輸出仕様についてはN16で車名も地域によってパルサーを名乗っていた。 その後、ティーダの登場により、海外でパルサーを名乗っていたN16もティーダに置き換えられた。 なお、ルノーサムスン自動車は、N16セダンを小改良したものをN17型として生産していた。そして一部地域では日産ブランドで販売された。

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