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概要

ピンク・フロイドは、イギリスのロックバンド。プログレッシブ・ロックに分類される事が多いが、デヴィッド・ギルモア以外はセッション・ミュージシャンの経験もなく、クラシックジャズの素養を元にテクニックを誇示することが多かった他のバンドとは毛色が異なる。

オーケストラをメインにしたアルバム『原子心母』もあるが、外部の現代音楽作曲家であるロン・ギーシンに殆どの作曲・アレンジを任せた作品だった。


欧米での認知度は高く、アメリカのTV番組でカネの話が出る時は、大体"Money"がBGMになっているほど。その難解でマニアックなイメージに反して、アルバム売り上げ記録、ビルボードのチャート記録の話では必ず名前が出るバンドのひとつ。アルバム『狂気』はビルボード200に発売から741週連続でチャート・インし、その後も集計方法の変遷に従い度々チャートに復帰している。

現在では日本と海外での知名度に差があるバンドの一つだが、『狂気』は日本のオリコンチャートでも2位を取った。


ジョジョの奇妙な冒険第4部『ダイヤモンドは砕けない』では、クレイジー・ダイヤモンドエコーズアトム・ハート・ファーザー(原子心”父”)とピンク・フロイドの曲名をネタにしたスタンドが登場する。


また、ボーステックから発売されたアクションRPG『RELICS』は、題名の由来がピンク・フロイドのアルバム「Relics(邦題:ピンク・フロイドの道)」である。


略歴

ケンブリッジで建築学校の学友が結成したブルース・コピー・バンド、シグマ6を源流に、フォークサイケデリックロックのバンドとして1967年にレコード・デビュー。ロンドンにあった「UFOクラブ」でのライティングを駆使したライブで、当時流行のサイケポップを演奏していたソフト・マシーンらと共に知名度を上げる。


1968年のシド・バレット脱退後は現代音楽を取り入れた気だるく幻想的な音作りで、The KLFなどのアンビエントや音響派の先駆けとなり、後世のエレクトロニカにも影響を与えている。


1973年、ロジャー・ウォーターズがイニシアティブを執った『狂気』以降、一転して人間疎外や政治問題をテーマにしたメッセージ性の高い作品を発表するようになり、スペクタブルで大掛かりなライブが人気を呼んだ。80年代のスタジアムロック(アリーナロック)の先駆けとも言える。

商業的にも大成功を収め、アルバム『狂気』(1973年)が5,000万枚、『炎〜あなたがここにいてほしい』(1975年)が2,300万枚、『ザ・ウォール』(1979年)が3,000万枚のセールスを記録した。


1985年のロジャー・ウォーターズ脱退後はデヴィッド・ギルモアがイニシアティブを執る。人気は相変わらず、大々的なツアーが組まれた。新作も大ヒットを続けたが、過去作品の焼き直しの感が強い。


その後ロジャー・ウォーターズとメンバーの和解が進んだが、2014年、アルバム『永遠/TOWA』の発表後、活動停止が宣言された。


メンバー

Wish You Were Here

シド・バレット(1946年~2006年)

ギター、ヴォーカル。

ケンブリッジ出身。デビュー当時のフロントマンで、作詞作曲ギターヴォーカルを務め、ピンク・フロイドは「シド・バレット・バンド」と言って良い扱いだった。

共感覚の持ち主で、彼の表現に強く影響を与えているという。

薬物中毒による精神病が悪化したため、2ndアルバム制作中に解雇。


脱退後はバンドやソフト・マシーンのメンバーの協力で2枚のソロアルバム、1枚の未発表曲集をリリースする。殆どアコースティックギター一本の歌にもかかわらず強烈なサイケデリアを醸し出す楽曲群で、現在ではサイケフォーク、アシッドフォークの元祖と認識されている。

ソロアルバムはセールスも好調だったが、重度の鬱とも伝えられる精神病の悪化で、結局は隠遁生活に入ってしまった。

その後は「あの人は今」的な扱いで定期的にパパラッチに盗撮され、往時の美形は見る影もない太って禿上がった姿を晒されていたが、実妹によればそれなりに穏やかな生活を送っていたらしい。

2006年7月7日に糖尿病による合併症で死去。精神科の薬の影響もあったものと思われる。

様々に言われているものの、「クレイジー・ダイヤモンド」とは彼のことだと考えられている。


ピンクフロイド「炎」

ロジャー・ウォーターズ(1943年~)

ベース、ヴォーカル。

イラスト右端。ケンブリッジ出身。母のメアリーはシド・バレットが小学生時代の担任教師。

2ndアルバム以降バンドのイニシアティブを執り、次々とヒットを飛ばした。

大金を得たメンバーがやる気を無くし、デヴィッド・ギルモアしかレコーディングに参加しない現状に失望。1985年、解散を宣言するが他のメンバーは存続を求め、自分が脱退という形になる。

政治的メッセージの強い説教臭い楽曲が持ち味だが、他のミュージシャンとの化学反応で化けるタイプでもある。


ニック・メイスン(1944年~)

ドラムス。

イラスト右から2人目。バーミンガム出身。

唯一全アルバムの制作に参加しているオリジナル・メンバー。バンド分裂後も中立を保った。

技術面の低さは否めないものの、溜めの多いリズム感がギルモアのブルースギターとの相性が良い。また、楽曲に多く使われたテープコラージュは殆ど彼の手によるもの。


デヴィッド・ギルモア(1946年~)

ギター、ヴォーカル。

イラスト左から2人目。ケンブリッジ出身。シド・バレットとはケンブリッジ高校で学友。

唯一セッション・ミュージシャンの実績がある。

R&Bのコピー・バンド、ジョーカーズ・ワイルドで活動していたが、ドラッグで精神に不調を来しつつあったシド・バレットを作曲に専念させるため、バンドに迎え入れらた。

ウォーターズ脱退後はバンドのイニシアティブを執った。

ブルージーなギターが持ち味で、ソロ活動も評価が高い。


リチャード・ライト(1943年~2008年)

キーボード、ヴォーカル。

イラスト左端。ロンドン出身。

バンド初期、バレット脱退後暫くはサイケデリックなキーボードワークで主導的立場にあったが、『炎~あなたがここにいてほしい』発表以降、ウォーターズと対立するようになり、1979年、『ザ・ウォール』制作時に解雇され、ツアーではサポート・メンバーとなる。

1987年にバンドに復帰。


関連タグ

洋楽 ロックバンド プログレッシブ・ロック PinkFloyd

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