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ブルーバード

ぶるーばーど

青い鳥。物語等のタイトルや製品の名前などに使われる。
目次[非表示]
  1. メーテルリンクの童話。実は2.の元ネタでもある。→青い鳥
  2. 日産自動車の乗用車。
  3. いきものがかりの楽曲。


乗用車のブルーバード

Datsun 510 - 2


1959年から2012年にかけて、日産自動車が製造・販売を行っていた乗用車の名称。

前史

1955年1月から1959年6月にかけて製造・販売が行われたダットサン乗用車を先祖とする。
マイカーなど想像も付かない時代故にタクシー需要が中心だったが、よく回るエンジンと頑丈な構造で評判はすこぶる良かった。
初期モデルは第2回毎日産業デザイン賞(現在は「産業」の文字は外されている)を受賞しているが、その理由は「貧乏で悪いか!?と前向きに居直ったかのようなデザイン」(要約)だったそうで・・・・・・・・・・。
後期モデルはアメリカに輸出された。さらに1958年9月に開催された、オーストラリア一周レースに2台参戦、65台出走した中で37台しか完走出来なかったサバイバルレースを見事に耐え抜き、完走を果たしたどころか、クラス優勝までやらかしてしまった。恐るべし技術の日産

さて、本題

ダットサン乗用車の評判と実績をそのままフィードバックしたかのように、1959年7月に初代ブルーバードは誕生した。
まだまだオーナーカーの時代という訳ではなかったが、やはりタクシーを中心に好評を博した。
さらに、この初代では日本車史上初のステーションワゴンや女性仕様車が設定されている。

ところが、1963年9月に誕生した2代目は、イタリアのデザイン事務所・ピニンファリーナにデザインしてもらったものの、社員デザイナーから「これ売れねーよ」とケチをつけられてしまった。当然ながらそのデザイナーは左遷されたのだが、何と言うことか、それが当たってしまった。そのせいか、ホットモデルの「スポ-ツセダン」を追加、さらにはヤケクソ半分で1600ccエンジンを積んだ(本来は1300cc)「スーパースポーツセダン」、略してSSSを追加した。だがそれでも売れず、とうとう一部デザインの変更に追い込まれてしまう。
かくして見下していたトヨペットコロナに抜かれてしまい、下からはダットサンサニーの突き上げを喰らってしまう(と言いたいところだが、実際にはサニーの市場を食い散らかした奴の突き上げを喰らってしまっていた)事態に追い込まれたことで、日産は重大な決断を下すことになった。

それが、1967年8月9日にぶち上げた3代目、通称ダッツン(DATSUN)510である。「スーパーソニックライン」と呼ばれた、流れるようなスマートなスタイルと、当時としては珍しかったOHCエンジンから来る噴き上がりの良さ、これまた当時としては珍しい4輪独立懸架による操縦性の良さで、日本はもちろんのことアメリカやヨーロッパ(2代目から輸出されてはいた)でも好評を博した。
さらには、1970年のサファリラリーで優勝をかっさらってしまった。なお、その前年に公開された、サファリラリーをネタにした松竹映画「栄光への5000キロ」では“主人公”を務めている。

1971年8月に4代目に移行したものの、なぜか3代目も一部グレードを引き続き売ることになってしまった(タクシー仕様を中心に1972年いっぱいまで製造・販売された)ため、やむなく「ブルーバードU」と名乗った。
ブルーバードはもともとは4気筒エンジン搭載車だったのだが、この代では6気筒エンジン搭載車の設定がされており、設計の一部変更がなされたが、その際、フロントサイドに、サメのエラの如きルーバーが付けられたことから、「サメブル」というあだ名が付いた。
1973年サファリラリーで2位に食い込んでいる(ちなみに優勝したのはダッツン240Z)。

1976年7月に5代目に移行。Uの文字が外された一方、4気筒・6気筒共に同じデザインとなった(6気筒用のデザインを4気筒にも適用したようなもの)。タクシー仕様も再設定した。
なぜか若大将をイメージキャラクターに起用した。

1979年11月、6代目にフルモデルチェンジ。6気筒エンジンを載せるのを止め(ただしアメリカ向けは継続)、さらには、3代目を彷彿とさせるクリーンなデザインとした。イメージキャラクターにジュリーを起用、「ブルーバード、お前の時代だ」の台詞と共に一世を風靡した(だから誰かさんライバルで大人気ないことやらかすんだよ・・・・・・)。
1980年3月にはターボチャージャー搭載車を設定した。これは同じ日産の車であるセドリック(およびプリンスグロリア)(1979年12月に設定)に続き日本車では2例目にあたる。
1983年にFRからFFに転換した7代目が登場したが、タクシー向けに関しては引き続き1993年7月まで生産されている。

その7代目に関しては、6気筒エンジンの上級車種として途中から「ブルーバードマキシマ」が追加されている。
セダンと(4ドア)ハードトップは1987年9月まで、ブルーバードマキシマは1988年10月まで、バンとステーションワゴンは1990年5月まで、製造・販売は行われた。

1987年9月に登場した8代目では、初めて4輪駆動車が設定されたが、それをベースにした、ラリー出場前提仕様のSSS-Rが設定された。
また、1991年にはこれのオーストラリアバージョンであるダットサンピンターラの5ドアを、「ブルーバード・オーズィー」として発売したが、オーストラリア仕様そのまんまだったため、特にクーラーの修理に難儀してしまうトンデモ車に成り下がってしまった。

1991年9月に9代目にモデルチェンジ。セダン(SSSとEEX)と4ドアハードトップ(ARX)で異なるデザインを採用した。
ただ売れ行きは同じクラスのプリメーラ(初代)よりも悪かった

1996年に10代目に交代。先代のデザインのひどさから、少しはオーソドックスなデザインに変更されたものの、この頃からセダンそのものが斜陽化していくことになる。
2001年8月に生産・販売を終了しているが、実はその前年・2000年の8月に、11代目とも言える初代ブルーバード・シルフィが誕生している。

その初代ブルーバード・シルフィ、元々はブルーバードを名乗らせるつもりは無かった。しかし、セールス側から「やっぱブルーバードの名前残せゴルァ!」と因縁を付けられたため、仕方なくブルーバードの名前を残したのだった。
2005年には2代目(ブルーバードとしては12代目)に移行したものの、2012年12月に「シルフィ」が誕生、これに伴い「ブルーバード」の名前は消えたのだった。

外部リンク(参考資料)


楽曲のブルーバード

いきものがかりの10枚目のシングル曲。
アニメ「NARUTO -ナルト- 疾風伝」オープニングテーマ(2008年の4月-9月)。

2009年中日ドラゴンズ森野将彦選手がナゴヤドームでの試合で打席に入る際の登場曲として使用されていた。


音ゲーではポップンギタドラ太鼓の達人ミューガン2に収録されている。
また、家庭用だがDDR MUSICFITにも収録されていたりする。

ちなみにBEMANIでのカヴァーボーカルは達見 恵

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かごめ…ポップンでの担当キャラクター

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