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中日ドラゴンズ

ちゅうにちどらごんず

日本のセントラル・リーグに所属するプロ野球球団の一つ。保護地域は愛知県。親会社及び創設者は中日新聞社。
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概要

本拠地は愛知県名古屋市ナゴヤドーム。マスコットはドアラシャオロンパオロンがいる。

采配とスカウトのうまさに定評がある。育成も質は良いらしい。
外国人選手はだいたい中南米あたりから年俸の安い選手を獲得してくる。その中にはブランコのような秀逸な外国人を獲得することもあるが、たまにセサルのようなネタとしか(ryも平気で獲得してくる。
ようはスカウトの眼力と運しだい。

安定した強さで定評があり、どこかの中位力チームと違い、近年は常にAクラスを保っている。特にクライマックスシリーズ導入以降は、ファイナルステージに全て出場しており、日本シリーズ進出も巨人・阪神と分け合っているという状況である。優勝回数も巨人(34回)に次ぐ9回である。

応援歌の「燃えよドラゴンズ」(作詞・作曲:山本正之)は、シーズンごとの活躍した選手を歌詞に載せているため、シーズンごとに歌詞が一部を除いて異なる変わった応援歌である。基本はシーズン終了後発売だが、一部例外もある。割と簡単に他球団でも替え歌が成立するような歌詞なので、カラオケなどでも中日以外の野球ファン定番ソングとして、知名度も高い。
ただし言っておけば、燃えドラは応援歌であって、球団公式応援歌ではなく、公式には「嵐の英雄」があるのだが、現在ほとんど歌われておらず、知名度は低い。

キーワード・歴史

プロ野球草創期、名古屋に球団誕生

1934年に、MLB選抜チームとの対戦するため読売新聞社大日本東京野球倶楽部(後の読売ジャイアンツ)を結成。その2年後、新愛知新聞社(中日新聞の前身)が中心となって、愛知県名古屋市名古屋軍を結成。河野安通志を総監督に迎え、池田豊が監督に就任する。
しかし、翌1937年に河野がチームを去り新たにイーグルス(後の大和軍。現在の東北楽天ゴールデンイーグルスとは無関係)を結成すると、名古屋軍の主力選手もイーグルスに移籍。結果戦力が低下し、低迷を余儀なくされた。
その後、戦時統制により誕生した中日新聞社の傘下となるが、本社人件費の増加で球団への資金投入が大幅に減ったうえ、新聞社の営利事業兼営が認められなくなり、1944年に名古屋軍は理研工業の傘下に入り産業軍と改称。太平洋戦争の激化で中止された1945年シーズンを経て1946年中部日本として再出発を遂げる。
1947年中部日本ドラゴンズ1948年からは中日ドラゴンズと改称。服部受弘西沢道夫といった主力選手が活躍した。

2リーグ分立、巨人の真のライバルとして

1950年プロ野球2リーグ分裂時には巨人、大阪タイガース松竹ロビンス大洋ホエールズ広島カープ西日本パイレーツ国鉄スワローズとともにセ・リーグに加盟。
1951年名古屋鉄道が経営に参加。球団名を名古屋ドラゴンズとする。この年から1953年まで中日新聞社と1年交代で球団を経営した。51年8月に中日球場が全焼、残りの開催試合を鳴海球場などに変更を余儀なくされる。休場は同年オフに鉄筋コンクリートで再建された。
1954年に名鉄が経営から撤退し、球団名が中日ドラゴンズに戻る。この年に天知俊一監督の下で初優勝、西鉄ライオンズを下し日本一に輝く。その後は安定した成績を残しながらも優勝はできず。
1950年から1960年代にかけては、権藤博板東英二らが活躍。また日本球界初となる元メジャーリーガー、ドン・ニューカムラリー・ドビーを入団させている。

1974年のV10阻止と「10.8決戦」

1960年代後半から1970年台前半にかけては巨人がV9を達成するなどその牙城に迫れず、中日は2位以下に甘んじていた。それでも1969年水原茂が監督に就任して後の優勝につながるメンバーを育てると、1972年からは与那嶺要ヘッドコーチが監督に昇格。1974年高木守道星野仙一松本幸行トーマス・マーチン谷沢健一らの活躍でV10を阻止して優勝を飾る。先述の「燃えよドラゴンズ!」は同年シーズン途中に誕生した。
その後中利夫近藤貞雄山内一弘監督時代はAクラスとBクラスを行ったり来たりを安定しなかった。それでも1982年には平野謙中尾孝義上川誠二らの若手や大島康徳田尾安志ケン・モッカ宇野勝、谷沢といった強力打線と郭源治都裕次郎牛島和彦小松辰雄らの活躍で見事優勝を決める。
1987年から本拠地をナゴヤ球場に移す。前年オフに落合博満を牛島、上川ら4人とのトレードで獲得している。この年のルーキー・近藤真一がプロ初登板初先発でノーヒットノーランを達成している。
1983年山本昌1988年には立浪和義と後にドラゴンズを支える主力選手が入団。この時期には小野和幸今中慎二アロンゾ・パウエル大豊泰昭らがタイトルを獲得している。
1994年は巨人と熾烈な優勝争いを演じ、最終戦を残して全くの同率というところで直接対決となった(いわゆる10.8決戦)。この試合に敗れた中日は2位に終わった。
1995年は5位、1996年山崎武司が本塁打王を獲得するなど打線が猛威を振るったが、惜しくも優勝は出来ず。

ナゴヤドーム移転と「オレ流」落合の53年ぶり日本一

1997年に現在の本拠地でもあるナゴヤドームに移転。移転1年目は山本昌、宣銅烈ら投手陣は活躍したものの打線が不発で最下位に終わる。
1998年は横浜ベイスターズの前に優勝を許した。それでも1999年野口茂樹川上憲伸落合英二、山本昌、武田一浩サムソン・リー岩瀬仁紀ら強力投手陣を擁しナゴヤドーム移転後初優勝を決める。
2000年から2003年は再びAクラスとBクラスを行ったり来たり。
2004年からは落合博満が監督に就任。荒木雅博井端弘和アライバコンビに加え朝倉健太福留孝介谷繁元信ら若手、新加入選手の活躍もあり就任1年目で見事リーグ優勝に導く。
2006年はリーグ優勝、2007年はクライマックスシリーズでの勝ち上がりで日本シリーズに進出。特に2007年は日本一へ王手をかけた試合で山井大介→岩瀬の継投完全試合を達成。1954年以来実に53年ぶりとなる日本一に輝いた。
2008年和田一浩がFAで移籍するも、シーズン3位。2009年は新加入のトニ・ブランコが打撃二冠に輝くが2位に終わる。
2010年は落合野球の真骨頂ともいえる(チーム打率.259は12球団中11位ながらチーム防御率が12球団トップの3.29)戦いぶりを展開。浅尾拓也高橋聡文ら新たな戦力も台頭し、巨人のリーグ4連覇を阻止する優勝を決める。
2011年は序盤東京ヤクルトスワローズの独走を許し、また主力選手の故障が相次いで低迷。しかし中盤から主力の復帰やエンジェルベルト・ソト大島洋平平田良介ら新戦力や若手の活躍などで徐々に追い上げると終盤の東京ヤクルトとの直接対決で連勝。最終的に優勝を果たし球団史上初のリーグ連覇を達成した。

「オレ流」後のドラゴンズ

2012年からは髙木が17年ぶりの監督に復帰。落合政権時の主力が何とか持続しシーズンを2位で終えたが、2013年トニ・ブランコホルヘ・ソーサらを横浜DeNAベイスターズに引き抜かれ、エース吉見一起は故障で離脱。若手の大野雄大平田良介高橋周平らの活躍もあったものの、2001年以来12年ぶりにBクラス落ちが決定。初めてCS入りを逃し4位となった。
シーズン終了後、高木監督が退任。後任には中日では3人目となる選手兼任監督として谷繁元信が就任し、さらに落合博満がGMとして復帰することになった。
小笠原道大が入団した2014年も4位。大接戦だった2015年も8月に脱落し5位。この年で、山本昌が32年に渡る現役生活を終えた。また、小笠原道大と、この年に2000本安打を達成した和田一浩も引退した。谷繁も現役を引退し、翌年から監督専任となる。
2016年リオデジャネイロオリンピック期間中の8月9日に谷繁監督が成績不振のため解任され、ヘッドコーチを務めていた森繁和が代行として指揮を執るも成績は上向かず、4年連続Bクラス、そして、ナゴヤドーム最終戦で1997年以来19年ぶり(21世紀では初)となる最下位が確定した。
2017年シーズンは、森繁和が正式に監督に就任する。

pixivでは

タグとしては「中日」「ドラゴンズ」等に分散される。
正式名称で検索をかけたときに、唯一登録件数が1000件を超えている唯一の球団である(2013年3月23日の編集時点で1064件)。
ニコニコ動画で人気を博したドアラpixivでもやはり人気。他にカップリングアライバ堂上兄弟関連のイラストも多くある。

ドアラに至っては公式により企画目録までできてしまった

選手

(所属は2016年7月31日現在)

監督・コーチ

一軍
27谷繁元信…監督 ※8月9日から休養
80森繁和…ヘッドコーチ ※8月9日から監督代行
75加藤秀司…チーフ打撃兼野手総合コーチ
85辻発彦…作戦兼守備コーチ
79嶋村一輝…打撃コーチ
81友利結…投手コーチ
76近藤真市…投手コーチ
73小川将俊…バッテリーコーチ
84早川和夫…守備コーチ
89英智…外野守備走塁コーチ
72佐伯貴弘…守備コーチ ※8月9日から休養
92勝崎耕世…チーフコンディショニングトレーニングコーチ
93宮前岳巳…コンディショニングトレーニングコーチ
二軍
82小笠原道大…監督
88高柳秀樹…打撃コーチ
71波留敏夫…打撃コーチ
87高山郁夫…チーフ投手コーチ
74大塚晶文…投手コーチ
86小笠原孝…投手コーチ
97朝倉健太…投手コーチ
90小山良男…バッテリーコーチ
78長嶋清幸…外野守備走塁コーチ
77渡邉博幸…内野守備コーチ
95塚本洋…コンディショニングトレーニングコーチ
94北野一郎…コンディショニングトレーニングコーチ
96今枝健二…コンディショニングトレーニングコーチ
91水野裕都…コンディショニングトレーニングコーチ
83松岡功祐…育成コーチ

現役

投手
11小笠原慎之介
12田島慎二
13岩瀬仁紀
14佐藤優
16又吉克樹
17雄太
18鈴木翔太
19吉見一起
20野村亮介
21岡田俊哉
22大野雄大
24福谷浩司
25武藤祐太
28岩田慎司
29山井大介
30阿知羅拓馬
32西川健太郎
33祖父江大輔
34福敬登
41浅尾拓也
42フアン・ハイメ
43濱田達郎
44ラウル・バルデス
47濱田智博
50金子丈
51山本雅士
54ドリュー・ネイラー
57小川龍也
58八木智哉
59大場翔太
61若松駿太
64小熊凌祐
65伊藤準規
98レイソン・セプティモ
99ジョーダン・ノルベルト
201川崎貴弘
202岸本淳希
203中川誠也
205吉田嵩
206三ツ間卓也
208西浜幹紘
210呉屋開斗
211石垣幸大

捕手
35木下拓哉
38松井雅人
39加藤匠馬
40桂依央利
45杉山翔大
52武山真吾
68赤田龍一郎
207藤吉優

内野手
00アンダーソン・エルナンデス
2荒木雅博
3高橋周平
5阿部寿樹
7森野将彦
9石川駿
23遠藤一星
36石岡諒太
37三ツ俣大樹
48溝脇隼人
53亀澤恭平
55福田永将
63堂上直倫
70谷哲也

外野手
1友永翔太
4藤井淳志
6平田良介
8大島洋平
26井領雅貴
31野本圭
46古本武尊
56松井佑介
60リカルド・ナニータ
62工藤隆人
66ダヤン・ビシエド
67近藤弘基
69赤坂和幸
212渡辺勝
215多村仁志


OB

新井良太
石井裕也
一枝修平
稲葉光雄
井上一樹
井端弘和
今中慎二
岩崎達郎
上田佳範
牛島和彦
宇野勝
江藤慎一
江藤省三
大島康徳
大西崇之
小野和幸
小野和義
小田幸平
落合英二
落合博満
音重鎮
鹿島忠
門倉健
金村義明
上川誠二
川相昌弘
川上憲伸
川崎憲次郎
川又米利
木俣達彦
久慈照嘉
小池正晃
小林正人
小松辰雄
小山伸一郎
権藤博
酒井忠晴
島野育夫
杉下茂
鈴木孝政
鈴木郁洋
鈴木義広
関川浩一
大豊泰昭
田尾安志
高木守道
高橋聡文
武田一浩
立浪和義
田中大輔
種田仁
土谷鉄平
堂上照
堂上剛裕
中暁生中利夫)
中尾義孝
中田賢一
中村武志
中村紀洋
西沢道夫永久欠番(15)
西本聖
仁村薫
仁村徹
野口茂樹
服部受弘永久欠番(10)
板東英二
彦野利勝
平井正史
平野謙
福留孝介
星野仙一
本多逸郎
松本幸行
三瀬幸司
都裕次郎
森井茂
森岡良介
谷沢健一
柳沢裕一
矢野輝弘
山﨑武司
山本昌
吉川大幾
与那嶺要
与田剛
和田一浩
郭源治
ケン・モッカ
ゲーリー・レーシッチ
アロンゾ・パウエル
サムソン・リー
宣銅烈
エディ・ギャラード
デーブ・ニルソン(ディンゴ)
李鍾範
レオ・ゴメス
ドミンゴ・グスマン
アレックス・オチョア
オマール・リナレス
李炳圭
タイロン・ウッズ
陳偉殷
ディオニス・セサル
トニ・ブランコ
ブラッドリー・スティーブン・バーゲセン
ダニエル・カブレラ
ホルヘ・ソーサ
エクトル・ルナ

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