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1.アンテナの一種。本項ではこちらの解説。
2.日本のアンテナメーカー。上記のアンテナの発明者八木秀次が第二次世界大戦後に創業。

概要

正式名称は八木・宇田アンテナ。汎用性のある指向性アンテナで、広範囲に電波発信できるレーダー性能と遠距離からの電波受信が可能。

東北帝国大学において八木秀次と宇田新太郎が1925年に共同開発(八木の指導の下、宇田が実際の開発作業を担当)。翌年に特許を取得したが、この時は「八木」の名だけで申請され、「宇田」の名は後年に付いた。

しかし、発表当時の国内では見向きもされず、軍関係者も「敵に居場所を教えるようなもの」と否定された。一方の国外ではレーダー技術を飛躍させた画期的発明であると注目され、第二次大戦中は軍の防空体制や軍の夜間戦闘機など幅広く転用され、日本は存在をほとんど知らなかった。

戦後はテレビ普及と同時に普及し、各一般家庭の屋根に設置されて、日常光景として定着した。

テレビのデジタル化に伴い、VHF用・VHF/UHF共用アンテナはアナログ時代とともにその役割を終えようとしているが、八木アンテナ自身は発明は決して新しくないものの、2010年になってもこれの代用になりうるアンテナは存在しないと言われているほど評価は高く、今後も使われ続けるだろう。

八木アンテナの種類

八木アンテナにはいくつかの種類が存在する。

  • VHF帯域用
かつて一般家庭の屋根上で多く見かけたタイプ。VHF帯域(物理チャンネルだと1ch-12ch)の受信に使われた。アナログ放送終了とともにテレビ放送の受信用としてはお役御免となったがFMラジオの受信用としては生産が継続されている。UHFアンテナに比べて横幅が広い。
  • VHF・UHF共用タイプ
VHF帯域を使う放送局とUHF帯域を使う放送局の送信所が同じ方向にある地域で使われた。特に関西方面に多かったが関東地方でもアナログ放送とデジタル放送の受信アンテナを一本にまとめることが出来るためにこのタイプを設置している世帯がわずかながら見られた。
  • UHF帯域用
今も一般家庭の屋根上で多く見かけるタイプ。デジタル放送では親局がVHFを使っていた局もUHF帯域を使用するようになり、今までVHFアンテナしかなかった世帯もこのアンテナを立てるようになった。ちなみにテレビ東京よりも後に開局した放送局は全て親局がUHF帯域を使っている。
  • パラスタックアンテナ
導波器がX字状になっているのがこのタイプ。地形や建築物の関係で回折波を狙うしかない場合や放送エリア外の放送局を視聴したい場合、マルチパス障害の回避などに使う。
詳細はこちら→パラスタックアンテナ

余談

上記日本軍のエピソードの中で有名なのがシンガポールの戦いのときの事だろう。この戦いで、日本軍は南方の要所であるシンガポールを占領し、様々な鹵獲品を手に入れた。その中に英軍レーダーに関する資料を見つけたのだが、そこに書いてある単語に「YAGI」と言う見慣れない単語があった。この単語は文のあちらこちらに現れたので重要な単語だと言う事は分かったが、如何せん他の文は読み取れてもこの単語に関しては読み方すら(「ヤギ」なのか「ヤジ」なのか)解らなかった。そこでとある将校が英軍の捕虜にこの単語について質問すると、「あなたは本当にそれの意味が解らないのか?”YAGI”はそのアンテナを開発した日本人の名だ!!」と返され驚嘆したと言う。なお、この質問した将校、技術将校である(一般兵やただの若手将校ならまだ救いがあったものを…)。

ちなみに、戦時下の日本において八木は無名でも冷遇されていた訳でもなく、 この時点で東京工業大学学長であり、大戦末期には海軍の推薦で技術院総裁に就任している

関連タグ

アンテナ ノスタルジック ミリタリー軍事 風景
サーニャ・V・リトヴャク ハイデマリー・W・シュナウファー
アナロ熊地デジカ 夜間戦闘機

関連リンク

戦後に八木が設立した企業 → 八木アンテナ株式会社

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