ピクシブ百科事典

大岡裁き

おおおかさばき

大岡裁きとは、「大岡政談」という創作物の中において、大岡越前が行ったとされる裁判の総称であるが、ここではその中の一つ「子(供)争い」について述べる。
目次[非表示]

子(供)争い

ある所に子供がいました。
子供の母親は一人ですが、どういうわけか母親を主張する女性が二人いました。
双方共に「私こそがこの子の母親だ」と、頑として引かない様子です。

二人の争いはとうとう収まらず、ついに大岡越前の奉行所で白黒付ける事になりました。
大岡越前は二人にこう提案しました
『その子の腕を一本ずつ持ち、それを引っ張り合いなさい。
 勝った方を母親と認めよう。』
その言葉に従い、二人の母親は子供を引っ張り合いました。
当然ながら引っ張られた子供はただではすみません。たまらず「痛い、痛い!」と叫びました。
すると、その声を聞いて哀れに思ったか、片方の母親が手を離してしまいます。

引っ張り合いは終わり、引っ張りきった方の母親は嬉々として子供を連れて行こうとします。
が、大岡越前はこれを制止します。
『ちょっとまて、その子は手を離したこちらの母親のものだ』
引っ張りきった方の母親は納得がいきません。なんせ、自分は引っ張り合いに勝っているのですから。
当然、こちらの親は食い下がりました。しかし大岡越前は
『私は「引き寄せた方が勝ち」などとは言っていない。
 それに、本当の親なら、子が痛いと叫んでいる行為をどうして続けられようか』
と言いました。
大岡越前は、母の持つ愛情をしっかり見切ったのでした。
これにて一件落着。

団子争い




原典・ルーツ

また法学者の尾佐竹猛は、旧約聖書の列王記にあるソロモン王の英知として、互いに実子と主張し1人の子を取り合う2人の母親に対する調停の伝承など、聖書などに記される裁判物語がイスラム圏を経由し、北の名判官包拯の故事(「縛られ地蔵」と同様の逸話)になった後、エピソードに翻案され含まれたとする説を提唱。永禄3年(1560年)に、豊後イエズス会宣教師クリスマスにソロモン裁判劇を行なったという記録もあり、木村毅は『比較文学新視界』「ソロモン裁判と大岡政談」(昭和50年(1975年))でチベットの伝説や釈尊(釈迦)の伝説が日本のキリシタンの影響で紛れ込んだとする。 中東系(インド系では釈迦前世物語)では、実子を取り合う母親のうち一人は人食い鬼としている。

pixivでは

子争いのように、1人を2人以上が取り合っているようなイラストに付けられている。
しかしその度合いは様々で、

元祖VS双子


おこさまのじゃれあいのようなものから

大岡裁き


三角関係のもつれみたいなものから

君たちなら魔法少女になる素質がぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!!!!


超ガチなものまである。

pixivに投稿された作品 pixivで「大岡裁き」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 908995

コメント