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広島市民球場

ひろしましみんきゅうじょう

広島県広島市に所在する野球場。プロ野球チーム・広島東洋カープの本拠地。
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はじめに

広島市民球場と呼ばれる球場は2つある。

1.現在の広島市民球場。広島駅の近く(かつての東広島駅所在地。ちなみに東広島駅は貨物駅だった)に存在する。
2.2008年までカープが使用していた旧広島市民球場。広島市中央公園の中に存在した。

1.について

マツダがネーミングライツを獲得し「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」の愛称(略称:マツダスタジアム)で呼ばれる。

2009年4月に開場した。ただ、使用する土地自体は1997年に確保してはおり、元々はドーム球場を作るつもりだった。だが、球場建設そのものを巡って相当グダグダしてしまい、果てには「球場作る気あんのかゴルァ」という意見が出る始末だったという。
ただ、いざ建設が始まるとけっこうスムーズに進み、晴れて開場へと至ったのだった。
なお、建設に1枚かんだ増岡組という建設会社は、実は先代の広島市民球場も手掛けた会社だったりする。

2.について

1957年7月に開場した。

1950年のカープ結成から使用されていた広島県総合グランド野球場(現存している上、「コカコーラウェスト野球場」とか言う別名まで付いている)に代わるとして作られた。しかも、中国5県で初めてグラウンドの照明設備が付けられた野球場でもあった。

だが、実は計画を立てたのはよかったが建設予定地がなかなか決まらず、結果当時の広島市長が広島駅でカープファンの襲撃を受け、「いつになったら球場作るんじゃゴルァ」とつるし上げを食らってしまった。
こうしたゴタゴタとグダグダの末ようやく完成したこの球場は、カープの経営基盤の安定に貢献している。

カープが今の市民球場に移転してからも2010年9月までは草野球場として一般に開放されていた。

逸話

  • 1959年以降、8月6日に先代市民球場でプロ野球の試合は行われなかった。また、今の市民球場になってからも、2011年まで8月6日にプロ野球の試合は行われていない。なお、件の日にカープのホームゲームが組まれてしまった場合は、広島県内の別の球場に振り替えて開催していた。
  • 先代市民球場に移転してからの成績が散々だったため、ファンの間から「何かあるんじゃないの?」と恐れられた。それを気にした球団社長がお友達に相談したところ、「祟りじゃー!亡くなられてしまった被爆者の、たーたーりーぢゃー!!その方々の魂を慰める為に神様を拝みなさい!!!!」と言われてしまった。そしてその翌年以降、広島護国神社と厳島神社へチーム全員拝み倒しに行くのがお約束となっている。
  • 1964年6月30日に行われたカープ対阪神タイガースの一戦において、阿南準郎のプレーを巡って紛糾、結果「もう時間も時間だから」という理由で審判団が試合を打ち切った結果、カープファンが大爆発、結果球場は無法地帯と化してしまった。おかげで残り2試合は中止を余儀なくされてしまった。
  • 1975年、悪夢は繰り返された。9月10日のカープ対中日ドラゴンズ戦で、ドラゴンズのキャッチャー・新宅洋志のラフプレーにやられた選手が大激怒、両軍入り乱れての大乱闘が、いつの間にか尻馬に乗ったカープファンまで参戦し、またしても無法地帯に。結果またしても翌日の試合が中止に追い込まれてしまった。


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