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資料なし

しりょうなし

一般に資料とよばれるものを使わずに描く。その為に膨大な資料・モチーフを読み込む、描いて覚える必要がある。
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概要

 背景にしろ、人物にしろ。一切の資料を見ずに今までに身に着けてきた経験や知識などで覚え描くこと。
 簡単なイメージ描きも含むが、ここではより次元の高い「資料なし」を扱うこととする。

「資料なし」とは

 資料を事前に読み込むことが必須で、その質によってアウトプットとなる作品のレベルは大きく異なる。
 一夜にしてイメージだけで描く事は不可能であり、入念な資料集めと地道なインプット作業(読むに限らず、聴く、観る、描いて見るなど)を経て初めて出来る。
 決して容易なものではなく、腐心することが常であるが、その先に待つ作業の効率化は凄まじいものがある。

手癖と個性と資料なし

 手癖というものが資料なしを実現する上で一端をになっている。デッサンなどにおける手癖はタブーとされるが、創造における手癖は思わぬ恩恵を生むことを簡単に記しておく。
 写実の場合は手癖というものが写実する際には邪魔になる。その写実には個性は無く、対象をカンバスに正確に写し取ることにある。
 だが、資料なしというのはもはや写実とは異なる。(資料なしで描くために、写実をするという大いなる矛盾が存在するが、無から有は生まれないということに依存する)
 その場合手癖は大きな助けになる。手癖は個人の潜在的なものに大きくかかわってくる。それはにじみ出る個性であり、個性を出そうと思って出るものとは違う。
 資料がない状態で「読み込んだ資料のとおり描こう」というのはお門違い。それならば写実をすればいいという話でまったくのナンセンスである。
 資料がない利点は今までのインプットが描き手の想像によってよりよく昇華するものであって生き写しではない。そこに手癖があっていいし、独自性があっていい。

誤解の回避。質画と学画

質画とは「教えるべきことがなりたたない、表現の発露」
学画とは「お手本を模写しながら絵を学ぶ」つまり教えることのできる絵のありかた。
 引用:水彩学より 著:出口雄大
すごくざっくりというとですが、前者はピカソ、後者は狩野派。

 誤解されるのは「資料なし」というとなんのインプットもなしに突然描き出すことと解釈する人がいる。しかし質画のように思える「資料なしで描く」というプロセスは学画。模倣によって生まれます。前述にありますが、無から有は生まれることは無く。質画・学画両方からのアプローチが必要になります。
 SFや桃源郷、ファンタジーも同様です。自然に学び、虚に真実を与え、あたかも存在する世界を生み出す。そういった意味ではあなた自身の想像も一種の資料と言えるのです。
 

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