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pc-9800

ぴーしーきゅうせんはっぴゃく

NEC(日本電気)がかつて製造・販売していたパーソナルコンピューター(パソコン)のシリーズ。単一の形式名ではなく、PC-9801(初代)からPC-9821Ra43までのうち、PC-H98シリーズを除く、メーカー公式のシリーズ総称(カタログの上部に記述されている)。タグとしては「PC-9801」が多い。
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概要

初代のPC-98011982年に発売されてから10年以上に及び国内パソコンのトップシェア(最盛期には約90%まで達した)を占め、「国民機」の異名を取った。

CPUにIntel8086を搭載。それまでPC-8001から綿々と続いたソフトウェア互換は保持する一方で、ハードウェア互換はバッサリと切り捨てたことにより、世界初のフルネィティブ16bitパソコンとして産声を上げた。

  • 同時期に発売された「16bitパソコン」の多くが、従来機種とのハードウェア互換のため、外部8bitバスの8088を採用していた。
  • またアメリカでは16bitパソコンはモノクロ回帰していた。これは「オモチャ」である従来のパソコンに対して、ビジネス用ツールとしての側面を優先し処理能力を余計なことに割くべきではないという考え方からである(驚くべきことにあのMacですら1984年発売の段階ではモノクロであり、カラー化は1987年のMacintosh IIを待たなければならない。なおMacのカラー化に最も反対したのはあのジョブズだったともいわれている)。この為「カラー表示の出来る16bitパソコン」のタイトルは日本の三菱電機が開発したMULTI16の最上位機種MP-1605のものとなったが、これは前述の「8088」CPUを搭載していた。続くPC-9800は規格として8色カラーを標準とした。日本の考え方は単純で、要するにPC-8801にできたことがPC-9801にできないのはおかしいという判断からである。そしてビジネス用途でもグラフ等はカラーの方が見やすい事もありビジネスユーザーからも大歓迎で迎えられ、アメリカ勢を一泡吹かせることとなった。

1990年代前半までのパソコン向けアダルトゲーム(当時「ギャルゲー」という呼称は一般的ではなかった)はほとんどがPC-9801とそのシリーズ対応として発売されていた。

PC-9801

1982年の初代から1995年のBX3までが発売された、16bitベースのシリーズ。

基本的にはビジネスマシンだが、PC-8800シリーズとのハイ・ロー・ミックス戦略が実質的に失敗し、ホビー用途向きの1991年発売のPC-9801CS、翌1992年発売のPC-9801USが投入された。

640×400ラインという、日本独特の解像度を採用し、後々問題となる。同時発色数は当初8色だったが、後に拡張され、有名な(悪名高いとも言う)16色表示を搭載したPC-9801VM・PC-9801VXでシリーズとしての完成形を見る。
また3.5インチFDD搭載の薄型機、PC-9801UV・PC-9801UXも発売されたが、これの価格が安価だったために、前述のPC-8800との併売路線が失敗する結果に終わった。
Windowsが主流となる1990年代後半まで、多くのソフトが「PC-9801VM・PC-9801UV以降」という対応になった。

PC-98GS

Windows3.0の登場に伴い、いわゆるマルチメディアパソコンの可能性を追求するため、1991年に発売された一種の実験機。
当時としては高性能を誇ったが発売価格が本体だけで70万と高額に過ぎ、商品としては完全に失敗に終わったが、後にPC-9821への道筋をつけた。

  • なお、同等以上の性能を誇った富士通FM_TOWNSはPC-9801のメインストリームと同価格帯であった。

PC-9821

PC-98GSの商品としての失敗の後、256色表示可能な手軽なマルチメディア機として、1992年に初代が発売された。通称「98MULTi」。この初代はi386SX搭載で、音源もステレオとなり、CD-ROMドライブを標準搭載していた。ディスプレィは一体感のあるものが同梱されたが一体型ではない。

同年、日本で発売されたコンパック製の安価なPC/AT互換機がPC-9800シリーズのシェアを脅かし始めたことと、Windows3.1の登場による本格的なマルチメディア時代の到来が確実になったことから、i486シリーズ搭載前提の高性能機PC-9821Ap・PC-9821As・PC-9821Aeの「98MATE」が発売された。

同時に「98FELLOW」ことPC-9801BA・PC-9801BXも発売されたが、時流はすでに多少安いところでPC-9801の出る幕ではなく、FA機として少数がラインアップにとどまるのみとなり、PC-9821のラインアップが拡充されていった。

まずPC-9821のバリエーションとして追加されたのが、初代のコンパクト性を求める声に答えて、CPUをi486SXにパワーアップした「98MULTi」シリーズのPC-9821Ceである。その後「PC-9821Cシリーズ」として後半期まで展開していく。

一方、メインストリームのフルサイズデスクトップ機では若干の迷走があった。フラグシップの通称「AーMATE」に加え、廉価機のPC-9821Bp・PC-9821Bs・PC-9821Beの通称「BーMATE」を追加するが、廉価化のためPC-9801のマザーボードにGPUとステレオ音源のみを追加したため、他のPC-9821とフルネイティブの互換性がなく、混乱を招くことになった。

そこで、Pentium・IntelDX4世代になって、PC-9821Xn・PC-9821Xp・PC-9821Xs・PC-9821Xeの通称「X-MATE」に全面的に切り替えられた。これらはPC-9821の規格を統一した一方、PC-9801の標準だったPC-9801-26Kサウンドボード互換のサウンド機能が省かれ、MS-DOS用ゲームの一部は(サウンドボードを別途搭載しなければ)サウンドが再生されない状況になった。

一方、この頃MacのParformaに端を発する、実用ソフトをバンドルるした「オールインワン」商品構成の時流にあわせ、「X-MATE」をベースにした、PC-9821Vxx(xはCPUクロックの上2ケタ、MMX後は3ケタ)の形式号を持つ「VALUSTAR」シリーズが登場する。

1996年、Pentium IIの前身であるPentiumProの発表後、大手メーカーのほとんどがプロユース向けのフラグシップ機に搭載する中、実売¥298,000のPC-9821Ra20を発表し市場に最後のセンセーションを放った。以降、P6アーキテクチャ(PentiumPro~Pentium III、および同世代のCerelon)のPC-9821フラグシップは通称「RーMATE」となる。
一方、タワー筐体の高級機PC-9821St15・PC-9821St20も登場し、こちらは「98PRO」となった。

PC-9801BX4

1995年、PC-9801BX3の後継機として投入された、PC-9801としては最後の機体だが、実質のところ高解像度表示用のGPUを取り外しただけで、中身は完全にPC-9821そのものという機体だった。
そのネタマシン振りに人気があるのか、ネットオークションでやたら高値で取引されている。

終焉

しかしながら、PC-9821Ra20のセンセーションがPC-9800シリーズ最後の輝きとなった。以降は各メーカーのPC/AT互換機、というよりはより安価なショップブランド機や自作機の台頭によりシェアは先細りとなった。
1997年にPC98-NX(ほぼPC/AT互換機に近いアーキテクチャを採用)の発売に伴い実質的に役目を終えた。2003年にNEC純正の機種としては完全に生産終了。現在は互換機がRomwin社から細々と発売され続けるのみである(98BASEシリーズ)。

その他

ビープ音

PC-9800シリーズの特徴が「ピポッ」という起動時のビープ音だが、16bit機では「ピーッポーッ」という間延びした音だったのに対して、PC-9801RA以降の386機からは「ピポッ」というスタッカートの利いた音になった。
ただし、これ以降の機種でも「AーMATE」まで搭載されていたV30互換モードに変更すると16bit時代の音になった。
また、Pentium(P5)搭載機をAMD K6に換装すると、さらに速い音になったりする。

余談

1998年に「Windows95」の後継OS「Windows98」が登場、マイクロソフトはWindows98に対応可能なパソコンの性能を「PC98」規格として発表したため、世界的には「PC98」と言うとマイクロソフト版の意味になっている(ややこしいことに、windows98しか動かないNECのPC-98NXシリーズも存在した)。
その後Windowsの後継OSが出たことや、Windows98の評判の悪さから、現在では再び日本でPC98と言えば、かつての9801シリーズの事を指すようになる。尤もそれ以前から(日本の)マニアはNECの方を「PC-98」、マイクロソフトの方を「PC98」として区別しているが。

関連タグ

パソコン NEC 日本電気
PC-9801 PC-9821
EPSON かつて9801シリーズの互換機マシンを販売していた。

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