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オリックスバファローズの編集履歴

2010-12-13 23:40:53 バージョン

オリックスバファローズ

パシフィック・リーグ(パ・リーグ)に所属するプロ野球チーム。

1936年に阪急軍として結成。
1947年に阪急ベアーズを経て阪急ブレーブスに改称。
1988年経営難により、オリックスに身売りしオリックスブレーブスに。
1991年に兵庫県神戸市に移転し、オリックスブルーウェーブに改称。
1992年にイチロー入団。
2005年に近鉄バファローズと合併しオリックスバファローズとなる

概略

2004年に合併が発表された際は、オリックスファンは「岩隈久志中村紀洋大村直之が加入すれば、すごいチームができる」とむしろ歓迎していたくらいだったが、蓋を開けてみれば、岩隈久志は入団拒否で楽天に移籍、中村紀洋はメジャーへ、大村直之はホークスにFA移籍という結果に終わった。挙句の果てに「ブルーウェーブ」の名も奪われる結果となった。

2005年は新球団の船出だったが、地元マスコミの扱いは小さく、あろうことか「阪神ファンの機関紙」であるデイリー・スポーツに至っては、一面が楽天イーグルスで、とても歓迎されている雰囲気はなかった。それでも、この年はAクラス争いをするところまで戦えたが、結局4位に終わる。合併球団という激務もあり、仰木彬監督は病気を理由に勇退するが、この年12月に亡くなる。

2006年は清原和博中村紀洋を入団させるものの、清原はすでに全盛期を過ぎていた。中村もケガで思うように働けず、契約更改をめぐってトラブルとなり退団となる。急拠、タフィ・ローズを獲得して臨んだ2007年は、ローズは活躍したもののチームは低迷。ついに最下位となる。パウエルの獲得を巡って福岡ソフトバンクホークスと対立、一度は契約にこぎつけたパウエルを手放す結果となった。

2008年も交流戦までは絶不調で、コリンズ監督が途中辞任するが、その後復調し、2位となり初のCS進出を果たすが、3位北海道日本ハムファイターズに敗れる。結局、この年で一番目立ったのはCSよりも、清原の引退であった(事実、満員になったのはこの試合のみ)。

2009年は前年度の躍進が「マグレ」であったかを証明するように、打線、投手陣ともに崩壊。「最下位」という結果となり、大石大二郎監督は辞任。前阪神の岡田彰布を監督に迎え入れる。2010年もキャンプ早々に小瀬浩之がホテルから転落死という事件から始まり、交流戦こそ初優勝を遂げるものの、その後失速し、結局5位に終わっている。

主な選手

 OB
福本豊
山田久志
岡田彰布
清原和博

 現役
T-岡田
金子千尋
小松聖
岸田護
大引啓次
山崎浩司

関連イラスト

オリックスバファローズ に関するイラストを紹介してください。

バファローズ擬人化 織姫



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