ピクシブ百科事典は2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

日馬富士の編集履歴

2017-11-21 17:00:22 バージョン

日馬富士

はるまふじ

大相撲第70代横綱。

概要

1984年生まれ。モンゴルウランバートル市出身(大相撲での取り組みでは実父の出身であるゴビ・アルタイ県を出身地としている)。現在の所属部屋は伊勢ヶ濱部屋。しこ名は「日馬富士 公平(はるまふじ こうへい)」(大関昇進までは「安馬 公平(あま こうへい)」)で、本名は「ダワーニャミーン・ビャンバドルジ」


三人兄弟の末っ子。父親は警察官であった。2000年に安治川部屋(現在の伊勢ヶ濱部屋)からスカウトされ入門。2001年に前相撲の形で初土俵。次の3月場所でいきなり序の口で初優勝をしたのをはじめとして番付を徐々に上げて行き、2004年3月場所にて新十両昇進。さらに同年の11月場所で新入幕。関脇として臨んだ2008年11月場所では白鵬との優勝決定戦で敗れはしたものの、大関昇進の基準を満たしていたため大関昇進が決まる。この時にしこ名を「安馬」から「日馬富士」に変えた。


大関昇進後は2009年・2011年に1回ずつ優勝してはいるものの、成績が安定しなかったが、2012年の7月場所・9月場所に2場所続けて15勝全勝・優勝を達成し、場所後に横綱へ昇進した。


横綱昇進後は2013年に2回、2015年に1回、2016年に1回、2017年に1回優勝。大横綱白鵬が在位しているなか、合計9回も幕内優勝を決めている。


人物

  • 幕内力士では130kg代と軽量である。重心を低くして真っ向勝負で相撲に臨んでいる。
  • 2014年に法政大学大学院政策創造研究科に入学。実は現役の大学院生。
  • 祖国モンゴルの慈善活動にも積極的。地方の検診活動の費用を懸賞金で賄ったことも。
  • 油絵がうまい。来日前にはモンゴルで美術学校に通い、15歳の時に個展を開いた経験もある。2015年には東京・銀座で個展を開いた。
  • 色んな後輩力士に分け隔てなく声をかけ、消極的な力士にはアドバイスを交えながら叱咤激励し(「参考リンク1」)、気迫溢れる力士には素直に称賛を送っている(「参考リンク2」)。また稽古熱心であり、よく稀勢の里を求めて出稽古に行くことが大相撲放送でアナウンサーから語られた他、2016年9月場所が始まる前には初めて境川部屋を訪れ、豪栄道らと稽古したことが話題になった。

不祥事

2017年10月、モンゴル人力士同士の飲み会で後輩の貴ノ岩の態度にキレた日馬富士はビール瓶で彼を殴打、貴ノ岩は右中頭蓋底骨の怪我を負ったと、スポーツニッポンスクープした。

貴ノ岩はしばらく自身の師匠である貴乃花親方にも言えずにいたが、彼を問い詰めて事情を知った貴乃花親方は激怒、被害届を提出した。

以前から日馬富士の酒癖の悪さは知る人ぞ知る話であったといい、日馬富士も貴乃花部屋に謝罪に訪れたものの警察や相撲協会も動き出す事態になっており、力士生命も危ぶまれる状況になっている。


ところが、同席していた白鵬からは暴行はあったが、ビール瓶で殴ったことは否定されていたり(参考ニュース1)、貴ノ岩の症状はあくまで「骨折の疑い」で相撲に支障はないと医師から診断されたり(参考ニュース2)と捜査が進むにつれて事態が二転三転しており、「酒を飲んでも怒っている所を見たことがない」という入門当時から日馬富士を見ていた近隣住民の証言(参考ニュース3)や白鵬から「貴ノ岩もあの場で謝罪をしており、次の日も両者握手を交わして取組をした、お互い納得していた」という証言(参考ニュース1参照)もあり、今後事件が明るみになるにつれて最初の報道と「食い違う部分」が出てくるだろう。


なお、スポーツニッポンはプロ野球を贔屓しているので同じ時期に開催された野球日本代表の試合が観客がガラガラだった腹いせに相撲の評判を落とすためにスクープを報じたと考えられる。ちなみに5月にプロ野球選手が飲酒して警備員に暴行した事件があったが、不起訴となり、1年間の出場停止にとどまっている。


関連タグ

相撲大相撲 力士 横綱 白鵬 鶴竜

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました