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秋津洲の編集履歴

2019-09-15 19:11:34 バージョン

秋津洲

あきつしま

秋津洲の意味の曖昧さ回避。 主に本州の古名として使われる。

曖昧さ回避

  • 本州の古代の呼称。秋津島。転じて日本列島の異称ともなった。大和を平定した神武天皇が国見をして「なお蜻蛉(あきつ=とんぼ)の臀占(交尾)せる如くあるかな」と言ったとされる。(日本書紀)
  • 大日本帝国海軍軍艦
    • 防護巡洋艦秋津洲。1894年3月31日竣工。
    • 水上機母艦秋津洲。1942年4月29日竣工。
  • 上記の水上機母艦を元ネタとする、『艦隊これくしょん』に登場する艦娘

水上機母艦秋津洲の解説

飛行艇母艦秋津洲

類別は水上機母艦。

しかし、実際には大型飛行艇への補給、整備を任務とする艦艇なので『飛行艇母艦』と呼ばれる事もある。

飛行艇を艦上に載せて整備する事は出来るが、搭載して航行するわけではなく、潜水艦と潜水母艦の関係に近い。

艦尾には35トン電動クレーンを設置。

第一次ソロモン海戦後のラバウルにおいて第8艦隊(三川艦隊)と合流。参謀長の大西新蔵少将(当時鳥海に乗艦していた)が本艦の迷彩を「厚化粧みたいにゴテゴテ塗ってきたな」と指摘した時には「攻撃力がないから、昆虫のように保護色にしたんですよ」黛治夫艦長は説明している。

また、第二次ソロモン海戦前に陽炎に燃料を補給したという記録もある。


1944年には明石ら特殊工作艦を失ったことで、秋津洲も工作艦代わりに使われる事になる。

しかし、同年9月24日、コロン湾で空母艦載機の攻撃を受け、秋津洲は給糧艦伊良湖」と共に撃沈された。

秋津洲が沈没した海域は、現在はダイビングスポットとして注目されており、水深約40mの海底で静かにその身を横たえている。


秋津洲の名を継ぐ艦、巡視船『あきつしま』。

秋津洲改三

秋津洲という艦名は現在、海上保安庁しきしま型巡視船2番艦の艦名に使用されている。

このしきしま型巡視船は海上自衛隊はたかぜ型護衛艦とほぼ同じサイズであり、海上保安庁が保有する巡視船の中では最大の大きさを誇る。

2015年4月8日~4月9日の天皇皇后両陛下のパラオ訪問時には、このあきつしまの艦内で天皇皇后両陛下が一泊されている。

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