ピクシブ百科事典

沿ドニエストルの編集履歴

2020-03-21 21:51:06 バージョン

沿ドニエストル

えんどにえすとる

モルドバ東部のドニエストル川東岸の地域。

概要

モルドバ東部、ウクライナ国境を接するドニエストル川東岸の地域
ロシアの支援もありモルドバ政府の実行支配が及ばず、事実上独立状態にある。

歴史

沿ドニエストルにあたる地域には1924年からモルダビアASSRが存在した。これはモルドバ人が住むベッサラビア全体をルーマニアから奪回する布石として設立され、ソ連のショーウィンドウとするため、ロシアSSRやウクライナSSRからも多くの技術者を送り込み工業化を推し進めた。1940年にはベッサラビアが返還され、両者合わせたモルドバSSRが設立された。しかし、ベッサラビア側は農業が相変わらず主体であり、白ロシアSSR(ベラルーシ)共々ソ連の組み立て工場として順調に発展する旧モルダビアASSR側との格差は大きくなる一方だった。
1990年からモルドバ独立の機運が高まるにつれ、ソ連の組み立て工場としての現状維持を望む旧モルダビアASSRとの対立は激化、モルドバからの分離独立とソ連への独自加盟を掲げ沿ドニエストル・ソビエト社会主義共和国の建国を宣言し戦争となる。最終的に沿ドニエストルが勝利し事実上の独立状態となったが、その間にソ連が崩壊してしまい、ロシア連邦への加盟へ目標を変更することとなった。