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トヨタ・セリカの編集履歴

2020-07-25 23:14:41 バージョン

トヨタ・セリカ

とよたせりか

トヨタ自動車が販売していた車種のひとつ。

概要

トヨタが1970年から2006年にかけて製造・販売されていた2ドアまたは3ドアクーペ、またはソフトトップカブリオレ。日本での販売店はカローラ店だった。かつてスープラカムリがカローラ店専売車種だったのは、これらは元々セリカの派生車種であるからである。一方、初代から4代目まではカリーナのクーペバージョン(ただしカリーナはトヨタ店扱い)だった。
またセリカ・カリーナは、コロナと徐々にエンジン等を共用化し「3兄弟化」で共存していった。
3代目まではFRで、4代目以降FF/4WDへと転換している。

ラリーをはじめとしたモータースポーツでの実績が豊富で、1990年には帝王ランチアを破って日本車として初めてWRCチャンピオンに輝き、パイクスピークも1994・1996年・1997年と3度総合優勝を果たした名車である。しかし1995年に一年間の出場停止処分を受ける燃料リストリクター違反という大失態があって、クルマ好きたちからその栄光をひた隠しにされてきた(2015年あたりまでWRCといえばインプランエボばかりが、トヨタのワークス活動といえば1勝もできなかったF1ル・マンばかりが取り沙汰されたため、トヨタがWRCで強かったことを知らない、という人は車好きでも結構な数いた)。

またスポーツカーではなくあくまでスペシャリティカー(スポーティカー)ゆえ、市販状態での戦闘力はたとえホモロゲーションモデルの『GT-Four』であってもインプ・ランエボには全く歯が立たず、それゆえ人気も中古車価格も大したことがない。
3S-G系スポーツエンジン搭載車という括りで見ても、MR2アルテッツァにばかり人気が集まっているのが現状であり、上記の華々しい戦績を考えると不相応な冷遇とも言える扱いを受けている。

ただしゴリゴリにチューニングをする上でのベース車としての素性は優れていることは、市販車に近いグループA時代のWRCでチャンピオンになってることからも分かるとおり。とあるセリカの専門書において「市販車状態ではあくまでスペシャリティカーであり、スポーツカーになりきれていないのが原因(逆に言えば軽量化一つとってもラグジュアリー要素が多いため軽量化の余地は少なくない・・・など、本気で作り込めば大バケする)」と解釈できる文言も見られた。また3S-GTEエンジンは米TRDチューンにより、パイクスピーク仕様で850馬力を発生したほどである。

しかしセリカの最大の功績は、スポーツ以上に日本の一般大衆のクーペ文化をリードしてきた部分にある。初代セリカは日本におけるスペシャルティーカー市場を切り拓いたり、4代目セリカは映画『私をスキーに連れてって』でバブル時代の若者たちのハートを掴むなど、クーペが「デートカー」と呼ばれていた時代の、走り屋系以外の若者たちの青春文化を彩どってきたことは特筆すべきところである。

関連車種には上記のカムリ、スープラ、カリーナの他にプラットフォームを共用するカリーナED/コロナEXiV、基本的に輸出仕様のみに設定されていた200系2ドアの日本仕様車であるカレンなどがある。
なお2020年発売のGRヤリスの開発陣は、20年以上ぶりにスポーツ4WDを新開発するにあたり『GT-Four』の開発ノウハウの再収集を試みているが、人材・技術の殆どが散逸していたため苦労したと述懐している。

2012年に86が発売されるまで、このクラスのクーペは日本で販売されていなかった。一方、アメリカでは同社の若者向けブランド「Scion(サイオン)」から事実上の後継車種であるtCが販売されていた。これはカナダからの逆輸入車であった三菱エクリプスとは違い、愛知県の工場で生産されていた。日本の法規に合わせた最低限の修正だけ行って、いっそのこと左ハンドルのまま数量限定販売するという選択肢もあると思うのだが、という意見もあったが、結局86の登場でそうした話も出なくなり、その4年後の2016年を持ってtCは廃止されている。

関連イラスト

セリカ・1.6GT(TA22)
TOYOTA CELICA GT-FOUR ST185


私をキャンプに連れてって
2000 Toyota Celica SS-II