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スパッドA2の編集履歴

2020-11-18 21:59:59 バージョン

スパッドA2

すぱっどあーどぅ

どうしてこんなもの作ったと言わざるを得ない

1915年にフランスのSPADで開発された、黎明期の戦闘機

当時既に、戦闘機には真正面に向けて機関銃を搭載するのが最良ということは知られていた。しかしプロペラを前に配置する牽引式の場合、真正面に機銃を向けると自分で自分のプロペラを破壊してしまうためそれはできず、どうにかしてこれを解決しなければいけなかった。

イギリスでは、エンジンとプロペラを後ろに配置する推進式とすることで解決を図った。これは腕前に優れるパイロットであれば高性能を発揮し、ある程度の成功は収めたものの、初心者には操縦がとても難しく、そのうえ墜落するとエンジンがパイロットに向かって飛んで来るうえに、脱出しようとすれば背後のプロペラで死傷する確率が高いという、危険極まりないものでもあった。

しかしフランスはそれよりもさらに大変なことをやってしまった。

何と牽引式のまま、銃座だけをプロペラの前に出すという発想である。それだけ聞けば、ありそうな解決策だと思うかもしれない。しかしそんなことは無かった。

まずガナーの背後でプロペラが回っている。これだけで大問題である。当然ながら空気がそこに吸い込まれるため、ガナーは当たれば自身を切り刻んでしまうプロペラに向かって吸い込まれかねない。もし着衣の端でも触れようものなら終わりである。一応支柱によりガードされてはいたが、当時は飛行機など実用化されて間も無い頃である、安全性などほとんど理解されていないため、そういったことは二の次で作られていたため、支柱があってなお被害にあうガナーもいた

飛行機に積む通信機器など無い時代である、ガナーとパイロットの間にあるプロペラによって遮られるため、飛行中に意思疎通をすることは不可能である。このため敵が複数いれば相互に異なる目標を狙うなどして、思い通りに動いてくれないといった齟齬を生じることは日常茶飯事なことは想像に難くない。

牽引式なのでプロペラの後ろにエンジンや機体があるのは当然のことなのだが、銃座により前までも塞がれるため、推進効率は最悪なうえに、エンジン冷却用の空気を導くのも大変だった。このため飛行性能も大幅に悪化させられるものとなり、敵戦闘機の動きについて行けないことも珍しくはなかった。冷却については工夫をして何とかしていたようだが、充分な効果があったかは疑わしい。

プロペラの前という位置に銃座が存在するために、銃座そのものや、そこに乗り込むガナー、さらに銃座に向けて複葉の主翼から延びる支柱により、パイロットからの前方視界も非常に悪かった。

これだけでも大変だが、こんなもので済むと思ってはいけない。いずれも平常運転で起こることであるという点でまだマシなのである。異常事態が発生しようものならさらに危険極まりないものである。

この銃座はエンジンを起動したり(※)、点検や整備を行なう際には邪魔になるため、着脱可能な構造となっていた。しかしその部分の強度に問題があり、着陸の際には衝撃で外れて銃座だけ飛ばされるという事故が頻発していた。それでも着陸できればまだいい方なのである。

着陸に失敗して機体が前転したり、墜落という最悪の事態が起きたりすれば、ガナーは銃座ごと地面に叩き付けられたうえに、背後からは高速で回転するプロペラと、飛行中に熱くなった重いエンジンが襲って来るのだからまず助からない。空中での脱出もプロペラに巻き込まれるという理由により不可能と言って支障の無いものだった。

どこからどうやってそんなものが出て来るのかと言わざるを得ない、ぶっ飛びすぎた方法であることがよくわかるだろう。こんな危険なものを発案するのみならず、実機を製造し、量産までしたのだから恐ろしい。

前線の兵士からは徹底的に嫌われ、敵よりも味方に対しての脅威と言われたこの機体、あまりのひどさに短期間の使用で退役して量産は打切、発展型の計画もあったが全て中止された。後にプロペラと機銃を同調させる方法が実用化できたことで存在意義も失い、当時欠陥機の吹き溜まりと呼ばれたロシアに捨て売りにされた。しかも驚くべきことにそちらでは第1次大戦の終了まで現役を保ち続けた。

※現存する映像により確認可能なため、知っている人もいるかとは思うが、当時の飛行機はプロペラを手で回してエンジンを起動していた。この方法はスターティングハンドルと理論上は同じ方法なのだが、危険性はさらに高く、かかったとたんにプロペラの直撃を受けて死傷する者が多数出たため、程無くして人力に頼らない起動方法が開発されるに至った。