定義 Central Asia
- 中央アジアの概念はドイツのアレクサンダー・フォン・フンボルトが1843年に提唱した。
- 古生物学などではモンゴルを中央アジア、中央アジア5か国を『中部アジア』と言って区別することがある。
トルキスタン
- 18世紀から19世紀にかけては一般にトルキスタンを指した現在でも使用される。
- トルキスタンとは「テュルクの土地」を意味しテュルク(突厥他)系民族が居住しており西トルキスタンと東トルキスタンの東西に分割している。
西トルキスタン
- 西トルキスタンには以下の国がある。
- いずれの国名も「イスタン」 (istan) で終わっているがこれは「国」を表す語でありそれぞれ特定の民族の国の意味。
- ウズベキスタン - ウズベク人の国
- カザフスタン - カザフ人の国
- キルギス(クルグズスタン) - クルグズ人(キルギス人)の国
- タジキスタン - タジク人の国
- トルクメニスタン - トルクメン人の国
東トルキスタン
ソ連時代における定義
- ソ連は現代の中央アジア5か国からカザフスタンを除いた地域に当たるキルギスССР、タジクССР、トルクメンССР、ウズベクССРの4共和国をСредняя Азияと定めていた。
- 一方、より広い範囲(歴史的ロシアに含まれない範囲)を示すЦентральная Азияという語もあった。
- これらは共に中央アジア (Central Asia) と訳された。
- ソ連崩壊後、中央アジア5か国はカザフスタンが中央アジアに含まれると宣言した。
- これが現在最もよく使われる中央アジアの定義である。
- ソ連の文献では「スレドニャヤ・アジア(ミドルアジア)」と「ツェントラリナヤ・アジア(中央アジア)」とが使い分けらてもいた。
- 「ソ連領中央アジア(ソビエツカヤ・スレドニャヤ・アジア)」という言い方もあった。
UNESCOにおける定義
- UNESCOはより広い範囲を中央アジアと定めている。
- それには中央アジア5か国の他、中国の新疆ウイグル自治区、モンゴル地域(モンゴル国、内蒙古自治区など)、チベット地域(チベット自治区、青海省など)、アフガニスタン、イラン北東部、パキスタン北部、インドのジャム・カシミール、ロシアのシベリア南部が含まれる。なおこの範囲が定められたのはソ連崩壊前である。
- 東洋史研究における定義など
- 日本をはじめとする東洋史研究においては従来中央アジアという概念は次の三つの観点から用いられてきた。