曖昧さ回避
複数の用法があるが、本項ではアメリカ英語(以下米語)の南部方言について解説する。
概要
アメリカ合衆国のヴァージニア州・南北カロライナ州から、テネシー州、ジョージア州、アラバマ州、ミシシッピ州、アーカンソー州、オクラホマ州を経てテキサス州に至る地域で使用される英語の方言。
地域によりそれなりに差が存在し、一般にはテキサス州で話されるテキサス弁がこの方言の代表として選ばれることが多い。
入植当時の古い労働者階級のイギリス英語に、アイルランド訛りなどの各地の英語が折衷し、さらに領土割譲や移民などの影響でスペイン語やフランス語の影響を受けて成立した。世代間の方言差が著しく、言語としてはまだまだ形成途上の段階であると言われる。
ゴスペルなどに多用されるアフリカ系アメリカ人の用いる特有の英語(黒人英語)とは強い相関関係があり、相互に多大な影響を及ぼしあって成立してきた。
北に隣接する地域で用いられる中西部方言とともに、西部劇などでよく用いられる。特にカウボーイのキャラ設定としての南部方言は、日本における「ツインテ八重歯はツンデレ」並みの暗黙の了解として成立している。
日本ではアメリカ出身のキャラ設定によく用いられる。例えば、メイン画像の少女はウマ娘プリティーダービーのタイキシャトルで、ゲーム中においてはこの方言の英語の混じったルー語もどきの話し方をすることで有名。
特徴
二人称
英語は国際的にも非常に稀有な、二人称が単複同型の言語(「お前」と「お前ら」の区別がない)である。しかし、各地の方言に目を向ければいまだに二人称の「you」は複数もしくは敬語としてのみ用い、単数系は「thou」やそれの訛った「du」が用いられるものが、英国本土の方言を中心に多々見られる。
しかし南部方言では、逆にyouは単数もしくは敬語としてのみ用いられ、複数形は「you all」の訛った「y'all」が用いられる。
挨拶
挨拶は時制を問わず「Howdy!」。
この二つを合わせた「Howdy y'all!」は、南部方言を代表するテンプレート表現として、関西弁の「なんでやねん」や沖縄弁の「はいさい」のように、キャラ設定として高頻度で用いられる。
名詞
名詞のアクセントは、一部の例外を除き常に語頭に現れる。
容認発音に見られるような、悪い言葉を回避する癖は全く見られず、ことわざや慣用表現に売春婦を意味する隠語やFワードなどの卑語、牛や馬などの家畜やそれに関連する用語(鞍や手綱など)が頻繁に現れる。
音韻
- nの音の直前のsの音がdに変わる。
例:wasn't→wadnt、business→bidniz
- iとeの区別が曖昧で、pitとpet、sixとsexなどが同音異義語になる。
- arとorの区別がつかず、farmとformなどが同音になる。
- インド英語同様に「walk」「talk」などの「l」の音が黙字にならず、綴り通り読まれる。
- drink、drive、dryなどの、rが続く語頭のdはjとの中間的な音になり、「ジュリンク」「ジュライブ」「ジュライ」のように読まれる。例:アサヒィスゥパァドゥルァァァァイ
評価
洋画経由で英語を学ぶことが多く、また学校教育における標準が(国際的な潮流に逆らって)米語である日本人にとっては、西部劇などでよく耳にする南部方言は、得てして米語の最も標準的な形態の口語、すなわち日本語における首都圏方言のようなものであるかのように認識しがちである。
中学・高校においては英語教師がこの南部方言に近い発音を、唯一の正解であるかのように生徒らに教授する光景も時折見られるが、南部方言は国際的に標準語と見做されている英語からの乖離が著しく、国際的には全くもって標準語とは認識されていない。さらに、独特な音韻変化もあって、スピーキング、リスニングともに非常に習得難易度が高い方言であり、南部方言を米語、さらには英語そのものの標準語であると誤解してしまうことによって、多くの日本人が図らずも自身の英語習得のハードルを、不必要に上げてしまっている側面も否めない。
米国では、日本語のように特定の方言を標準語に定めることはしていない(そもそも、米語は言語としての均一性が高く、方言差は極めて瑣末なものである。そのため、もはや別言語と言っていいほどに相互理解性を欠いた方言が乱立する日本語のように、方言によるコミュニケーション不全は、国外の「ヤバい」方言が紛れ込まない限りはまず起こらないため、標準語を定める必要がない)。強いて言うなら、国内に話者のいないイギリス英語が、格式高い場での標準語に相当する方言である。しかしながら、一般に「普通の米語」と言われた時に多くのアメリカ人がイメージする英語は、ブルックリン訛りなどの東海岸諸方言や、シカゴなどで用いられる北部の諸方言、もしくはカリフォルニア方言であり、決して南部方言ではない。
むしろ、南部方言は国内に話者を有する英語としては、最も訛りのきつい部類に入る、方言英語の代表格のような扱いであり、南部方言の話者は得てして自らの訛りを恥じる傾向にある。
創作での使われ方
日本において、洋画の字幕表示や吹き替えを行う場合は、原盤で南部方言が用いられている箇所には「〜ようがす」などの特有の語尾を有する、どことなく東北弁や北海道弁に似た特有の創作方言が多用される。一人称は「あっし」の場合が多い。
これは、開拓地で用いられていた方言、あるいは田舎者の言葉という南部のイメージを再現していると言われる。
しかし、米国では日本人の想像もつかないような使い方が、ある種の不文律としてまかり通っているらしい。
それは、日本のアニメや漫画を英語版に翻訳する場合に、元の日本語版において関西弁を話すキャラクターのセリフを翻訳する際に、関西弁であることを強調・表現する手段として、当該セリフを南部方言に訳すという文化である。
日本を舞台としたanimeやmangaにおいて、日本を舞台に日本人とされるキャラクターが、突如南部方言を話し始めた場合、米国人にはそのキャラクターは関西人であり、吹き替え前の元の日本語版ではそのセリフは関西弁で語られているという意味であると即座に解釈される。
日本では東北や北海道の訛りに結び付けられたかのような訳され方をしているのとはまさに対照的である。
実際には南部方言の用いられている地域は近年開発された地域、すなわち中近世における日本でいうところの蝦夷地と似たような歴史を持つ地域であるので、実態は「ようがす」「あっし」の方が現実に即しているとも思われる。
しかしながら、多くの米国人にとって、典型的なテキサス人のイメージは「明るく陽気」「口は悪いが人情深く、義理に厚い」「オモロイやつ」「ムードメーカー」といった印象であり、日本における典型的な大阪人のイメージと非常に共通項が多いのである。このような「デフォルトテキサス人」と「デフォルト大阪人」の性格的特性の一致により、「南部方言=関西弁」というのは、まさに「ツインテ八重歯はツンデレ」並みの常識として、米Otaku界隈に定着しているそうだ。
ちなみにイギリスでは、米語そのものが関西弁の代わりによく用いられる。その場合、京都弁はボストン訛り、大阪弁は南部方言などという使い分けをすることもある。