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戦列歩兵

せんれつほへい

戦列歩兵とは、近世の欧州などで主流となった歩兵の運用形態の一つ。
目次 [非表示]

概要

17~19世紀の欧州の野戦で主流となった歩兵の運用形態のひとつである。


それまで槍やパイクなどの長柄武器で行われていた横隊陣形が銃の登場によって置き換えられたもので、マスケット銃銃剣を携えた歩兵部隊が複数(おおよそ3列)の横隊になって隊列を組み、号令や太鼓などに合わせて行進しながら敵軍に向けて前進。

マスケット銃の射程内に到達すると号令に従って銃を構えて発砲し、次弾装填を繰り返す。そして、敵の戦列歩兵が崩れて敗走したら着装した銃剣を構えて突撃し打ち崩すという戦術。


戦列歩兵の姿を描いた作品などでは戦列歩兵のみで決着が付いているように描かれている事が多いが、実際には陣形の中央をこの戦列歩兵が担い、その音頭を取る軍楽隊や高練度の兵士による散兵・猟兵隊、野砲を放つ砲兵隊、綻び出した敵戦列に突撃して突き破る騎兵隊なども連携して戦闘を行う。


古代からファランクスなど重装歩兵による密集陣形は存在するが、マスケット銃を携える軽装歩兵が戦いの主流となった近世では、盾など身を隠す物が無いまま身を晒した状態で敵戦列に近づき、味方が撃たれても野砲の砲弾が命中しても前進し続け、そして根比べの様にどちらかが潰走するまで撃ち合うというのは、現代の常識から考えると異様な事にも思える。


しかし、当時の技術水準から見ると、以下のような多くのメリットがあった為にヨーロッパの列強諸国や中国、インド、新大陸など世界中で盛んに採用されていた。


  • ①:当時のマスケット銃の性能限界をカバーできる戦術だったこと。当時から鎧を貫通するほどの威力があったものの、狙った所に飛ぶのは50m、飛んでも300mと言われていた。また、先込め式の為に装填時間が長いという弱点もあったため、敵を継続して攻撃しながら前進できる戦列歩兵は有効な戦術たり得た。
  • ②:面攻撃化するメリットがあったこと。当時の銃に使われていたのは黒色火薬である。黒色火薬は燃焼する際に多くの煙やススが出るため、兵士たちが一斉に銃を使うと多くの煙が出てしまう(派手な軍服が好んで採用されたのも、敵味方の識別がしやすいためであった)。そうした状況下で、面で攻撃を仕掛けられることにより、無駄弾を減らすことができた。
  • ③:後の時代に歩兵の天敵となる、榴弾の性能がまだ低かったこと。当時から榴弾(爆発する砲弾)や霰弾(細かい破片を飛び散らせる砲弾)は存在していたものの、まだ火薬の性能が低かったため、それだけで歩兵隊を全滅させ得るほどの物ではなかった。
  • ④:騎兵に対する防御力をある程度持てること。騎兵の機動力と巨体で瓦解させられるのが歩兵隊の常であったが、密集陣形で銃を用いることで騎兵であっても迂闊に正面から近づけない防御力を持つことができた。
  • ⑤:低練度の人間でも使い物になること。当時、戦列歩兵として動員された人間は多くが徴兵された一般人であり、場合によっては犯罪者・ならず者で構成されていることもあった。こうした練度もクソもないようなレベルの人間に対して「みんなで前に進んで、合図があったら撃つ」まで戦術を単純化して実行させられること、指揮官や督戦隊が後ろから監視し、命令違反や逃亡を図ったものは即座に処罰できるという点が非常に使う側にとって都合がよかった。

世界中で使われていた戦術だったものの、19世紀に入ると銃・野砲の技術革新が目覚ましく、射程距離・殺傷力が急激に高まった為に優位性を失い、徐々に廃れていった。また、戦列歩兵が遅れを取る状況というのも度々発生するようになり、デメリットについても認知されるようになる。


現在ではほとんど実戦で使われることはないものの、派手な制服を着た兵士たちが一糸乱れぬ行進を行う様などはデモンストレーションとして人気があり、イギリスの戦列歩兵を筆頭に世界各国の歴史を題材にした催しなどで披露されている。


全盛期以後の戦列歩兵


日本(戦国時代~)

日本では火縄銃が伝来した戦国時代後期(16世紀)、欧米に先駆けて足軽鉄砲隊という形で運用された事例がある。織田信長が武田軍の騎馬隊を打ち破る為に考案したという三段撃ちの逸話を筆頭に、様々な運用方法の研究がなされた。


徳川幕府による治世が行われるようになると、国内の治安維持の為に鉄砲足軽は解体され姿を消すことになるが、西洋列強の影がアジア圏にまで迫った江戸時代後期には幕府も国交のあるオランダなどから西洋式の制度・戦術などを輸入。1862年には西洋式の戦列歩兵などを運用する、幕府陸軍が創設している。


しかし前述の通り、19世紀なかばともなるとミニエー銃、エンフィールド銃などが発明されており、新政府軍の中核をなしていた長州藩などは相当数を調達していた。戊辰戦争集結に至るまで、旧式銃砲で戦列歩兵を運用しようとした幕府軍に対し、新型兵器を運用していた新政府軍は一方的な有利を得る事となり、緒戦の明暗を分ける結果となっている。


独立戦争(18世紀末)

教科書通りの戦術としてこの時代にはまだ使われていたものの、独立戦争の口火を切ったコンコードの戦いにおいては横隊になるのに時間が掛かり、遭遇戦になった際に不利という点がこの戦法に拘った英国側に被害を出させた事がある。横隊になって迎撃しようとしている間に植民地軍の縦隊突撃を受ける、路地に向けて攻撃しようと横隊になっている際に逃げられるなど、欠点が露呈しつつあった。


とは言え、基本的に貧乏所帯だった植民地軍に対し、装備が充実していた英国軍はこの戦法で戦った局面が多かった。正面から激突すれば到底敵わない英国軍に対してどのようなゲリラ戦術で打撃を与えるかが植民地軍の焦点となった状態で各地で戦いが繰り広げられている。


普仏戦争(1870年)

ボルトアクションライフルを配備したプロイセン、フランスの両軍が戦列歩兵を用いた戦争。大々的に戦列歩兵が使われた最後の戦いであり、この戦争以後は極めて限定的な場面以外では見られなくなっていく。


特に激戦となったグラヴロットの戦いではプロイセン軍が戦列歩兵による突撃を敢行したが、フランス軍の改良型ライフル「シャスポー銃」による集中砲火を受け18000人中8000人近くが一瞬にして死傷するという最悪の結果で終わっている。


なお、この戦いで非常に大きな戦果を上げたシャスポー銃は幕末期から日本国内に持ち込まれており、エンフィールド銃、スナイドル銃と並んで戊辰戦争などで使われている。


第二次世界大戦(1939年~)

まさかの20世紀に入ってから、米軍により掘り返されることになる。

戦前、欧州の戦火とは極力距離を置くように立ち回っていた米国であるが、1940年のナチス・ドイツのフランス侵攻により腹をくくり、「男子の5人に1人」と推定されるほどに大規模な徴兵を開始する。


しかしながらあまりにも急速な規模の拡大により十分な訓練を施すことが出来ず、特に異国の地で戦う上での士気の維持は課題となっていた。

そこで注目されたのが戦列歩兵にそっくりの「マーチング・ファイア」戦法である。

彼らは一列にずらりと並び、M1ガーランドBARを腰の高さに構え、リズミカルに発砲しながら一歩ずつ前進するという手法を取った。つまり銃声を太鼓のようにして隊を鼓舞したわけである。


いかに自動火器といえど照準も付けずにばらまいて効果が期待できるものではなく、結局他の班による火力支援を必要としてしまう本末転倒な戦法であったが、士気が足りない兵士らへの心理的効果は非常に大きく、「一部の部隊ではほぼ唯一の攻撃手段だった」と言われるほどに流行した模様。


戦列歩兵が取り扱われている作品


映画『パトリオット

英国軍、植民地軍双方が野戦において戦列歩兵で戦うシーンが描かれている。用いられている野砲が榴弾ではない鉄の塊を発射しており、敵兵士をなぎ倒す為に使われていた時代考証などもきちんと反映されている。


映画『パトリオット』の戦列歩兵の戦闘シーン


映画『グローリー』

南北戦争を題材にしているが、無謀な戦列歩兵戦術が行われ双方ともに無数の死者が出るというシーンがある。現実の歴史でもすでに銃の高性能化が進んでいたが、その点に理解が十分でなく、無謀な戦列歩兵運用がしばしば行われていたという事実に基づいている。


ゲーム『Mount&Blade』シリーズ

本来は中世期の陸戦を再現できるウォーシミュレーションゲームだが、DLCで配信された内容で19世紀の歩兵戦もプレイ可能になっている。しかもマルチプレイ可能なので、「みんなで戦列歩兵を体験する」という唯一無二の体験ができるシリーズとなっている。


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