NATOコードネームは「フェンサー(Fencer)」。
非公式愛称は「チェマダーン(чемодан、スーツケース)」
概要
Su-24は戦闘爆撃機である。
戦闘機を相手にした空戦よりも、地上の施設や目標への攻撃を得意としている。
アフガン侵攻に投入されたが、徒歩で移動するゲリラ兵が目標だったために戦果は芳しくない。
ウクライナやベラルーシといったワルシャワ条約機構参加国以外にも輸出され、
イランやイラク、リビア等でも使われている。
しかし、可変翼による整備の難しさ・高度な電子機器の維持について苦心するらしく、
こちらでもあまり戦果は知られていないようだ。
F-111と違ってターボジェットエンジンを装備しているため、燃費はあまりよくない。
これは航続距離や戦闘行動半径に大きく影響するため、
運用のむずかしさに拍車をかけているものと推察される。
爆撃任務だけでなく空中給油任務にも使われる。
胴体左右に機外燃料タンクを、胴体下部にUPAZ-1/1Aバディ給油ポッド(Su-33等と同じもの)を装着し、プローブアンドドローグ方式で給油を行う。
パクリと言われながら
この機はF-111のパクリと言われ続けてきた機体である。
並列複座のコクピットに可変翼といった見た目から共通点が多い、とされてきたのである。
ソビエト軍部はこれを「同じような目的の機体だから、似るのは当然」とコメントした。
だが考えてみよう。
両睨みした中途半端な要求仕様で設計され、最後には海軍が離脱したのだ。
ソビエトでも同じような経緯があったとは信じ難い。
おそらく、本当に似ているだけなのだ。
真相
実際のところ、Su-24の開発経緯はF-111のそれとはまったく異なるものであった。
当初考えられていたのはYak-38と同じリフトジェットを搭載したSTOL機T6-1であり、
Su-15似のダブルデルタ機であった。さらに遡ればスホーイはSu-15にリフトジェットを搭載した
T-58VDを試作しているし、製作されなかった最初の計画案S6はSu-7をベースにしている。
いわばフィッター・フラゴンファミリーの遠い親戚であるといえる。
当時ソ連ではリフトジェット式のSTOL・VTOL機に期待をかけており、MiG-23も当初は
可変翼ではなくリフトジェットになるはずだった。が、構造的な欠陥(Yak-38参照)が問題となり
ほとんどの機種は実験止まりに終わっている。T6-1も可変翼起案T6-2Iに変更され、
結果としてF-111に似た外観の機体が出来上がったのだ。
つまり、F-111クラスの戦闘爆撃機をソ連(スホーイ)なりに思案した所、初めは
独自性を出そうと(?)「リフトジェット・デルタ翼」を推していたが、試行錯誤するうちに
結局「可変後退翼」が最適解だという結論に落ち着いた、ということである。
「同じような目的の機体だから、似るのは当然」だったのだ。