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箱根登山鉄道の編集履歴

2013-06-06 00:12:00 バージョン

箱根登山鉄道

はこねとざんてつどう

神奈川県箱根に路線を有する私鉄。

神奈川県小田原市に本社を置く鉄道会社。小田急電鉄の子会社である。


概要

小田原駅から強羅駅までの鉄道線(箱根登山電車)と強羅駅から早雲山駅までの鋼索線(箱根登山ケーブルカー)のほか、バス事業を行っている。

鉄道線は通常のレールのみを用いる「粘着式鉄道」としては日本で最も急な勾配(80パーミル。同社車両の3両編成であれば編成の両端で高低差が3.6mにもなる)を持つ。途中の箱根湯本駅までは小田急電鉄の特急ロマンスカー等が直通するが同駅から先は箱根登山鉄道オリジナルの車両のみの運行となっている。


車両

以下は2012年現在箱根湯本~強羅間で乗客運用にあたっている車両である。(予定も含む) 小田原~箱根湯本間については小田急ロマンスカー及び4両編成の通勤型車両で運用されている。なお、小田急1000型の一部が箱根登山鉄道の車両のカラーリングに合わせた赤系のデザインに塗装されて運用されている。


モハ1型

2012年現在4両が運用されており、片運転台の車両2両編成x2本で構成されており、多客時はモハ2型1両を増備して運用される。1編成は釣りかけ駆動式の台車が残されている。


モハ2型

2012年現在3両が運用されている。両運転台車両であり、基本2両編成で運用されるが、1両をモハ1型の編成に連結して運用されることもある。

本記事のメイン画像はこのモハ2型であるが、モハ1型・2型は戦前の車両の面影を残しており、箱根登山鉄道というとこれらの車両をイメージする者も多い。


1000型(ベルニナ号)

1981年に新製された車両で、「ベルニナ号」の愛称がつけられている。元々は2両編成車両であったが、2004年の改造時に冷房電源供給のため2000型とともに運用されていた中間車2200型を組み込み3両編成に組み替えられた。2012年現在2編成が運用中である。



2000型(サンモリッツ号)

1989年から導入された車両で、「サンモリッツ号」の愛称がつけられている。当初は2両編成であったが、1993年に中間車2200型が追加されて3両編成になり、さらに2004年に1000型に中間車2200型を組み替えたため、2編成が2両編成、1編成が3両編成で運用されている。なお、3両編成の車両は2010年に神奈川県で開催された全国植樹祭の際に箱根湯本~強羅間でお召し列車として運用された。


【HD箱根登山01】赤い色の登山電車【2000系】


3000型

2014年11月頃より営業運転を開始する予定の新型車両であり、VVVFインバーター制御の両運転台車両2両が導入される。2012年時点では走り書き程度のラフ画を初めとしたイメージ図のみが公開されていた。(下記リンク参照)



2013年6月5日に車両デザインが公式に発表され、形式も「3000型」と発表された。(下記リンクのプレスリリースを参照) 当初は2014年4月に営業運転開始としていたが、「VVVFインバータ制御装置や単車両構造など多くの新規設計項目があり、予定よりも設計に時間を要したこと」により当初の計画よりも半年ほど遅れての営業開始となっている。なお、総制作費は2両分で約8億円となっている。



路線

小田原~箱根湯本間

現在小田急電鉄の車両のみで運用されている区間で、特急ロマンスカーも乗り入れている。地元住民の生活路線としての性格が濃い区間であり観光要素が薄いせいか、知名度の高い本路線においてもこの区間がTVや一般の旅行記などで取り上げられることは希である。


小田原箱根登山鉄道線の始発駅。小田急線と同じ改札口を共有している。
箱根板橋往時の木造駅舎が今なお現役で使用されている。駅舎と反対側に使用されていないホームがあるが、これは強羅方面の車両が箱根登山鉄道の車両の場合、進行方向右側のホームと車両の間が30cm程空いていたため対策として左側にホームを新設したためである。後述の箱根湯本での分断により不要となったため現在は閉鎖されている。
風祭2007年までは、ホームが箱根登山鉄道の車両用の長さしかなかったため、小田急車両の停車時は駅員・車掌が非常用ドアコックで箱根湯本寄り1号車のドアを手動で開閉する光景が見られた。現在は20m車4両分のホームが用意されている。
入生田後述の通り、入生田から箱根湯本間は現在でも3線軌条が残されている。
箱根湯本小田急線乗り入れ列車の終着駅。箱根登山鉄道の車両はこの駅より強羅以遠での運行となる。

箱根湯本~強羅間

「登山鉄道」としての本領を発揮する区間で、山深い地区を最大80パーミルの急勾配や最小半径30mの急勾配が続く。また、3回のスイッチバックによりその都度進行方向が変わり、その都度車両の前後で運転手と車掌が編成の前後を外の通路やホームを通って場所を交代する。


箱根湯本箱根登山鉄道の車両はこの駅が始発となる。駅を出た直後から80パーミルの急勾配が始まり、車窓から温泉街のビル群が見えるため、急勾配の度合いがわかりやすくなっている。
塔ノ沢両側をトンネルに挟まれた駅で、ホームに銭洗弁天を祭る祠があることでも有名。この駅を出たすぐのトンネルを抜けると有名な出山橋梁となる。
出山信号場本路線の有名な撮影ポイントである出山橋梁を見下ろす位置にある信号場。スイッチバック用の停車場なので乗客の乗り降りは出来ない。
大平台スイッチバック用の施設を持つ駅で、スイッチバックの光景をホームから観察できる唯一の駅である。
上大平台信号場スイッチバック用の停車場なので乗客の乗り降りは出来ない
仙人台信号場列車交換用の信号場。(スイッチバック用ではない)元々駅として使われていたと言う説も有るが詳細不明。
宮ノ下明治開業の和洋折衷建築が有名な富士屋ホテルの最寄り駅である。
小涌谷この駅の近くにある踏切で、箱根駅伝の際に選手の通過を優先して電車を停止させる光景が有名。
彫刻の森元々は「二ノ平」という駅名であったが、1972年の箱根彫刻の森美術館の開業時に駅名が改められた。
強羅箱根登山鉄道の鉄道線の終着駅である。標高は553m。駅舎は関東の駅百選に選ばれている。

3線軌条の導入から箱根湯本での運行形態分断について

1950年に小田急電鉄車両が箱根湯本まで乗り入れを開始するため小田原~箱根湯本間に3線軌条が導入された際、同区間小田急電鉄の車両に合わせて電圧が600V→1500Vに昇圧された。(後年の3両辺成果の際に箱根湯本~強羅間は750Vに昇圧されている)そのため箱根登山鉄道の車両側に両電圧に対応する改造を施す対応を行った。また、箱根湯本駅の直前に電圧切り替えのためデッドセクションが設けられているため、箱根登山鉄道の車両で小田原方面から箱根湯本に向かう時に、車内照明が一時停電する光景が見られた。

2006年に小田原~入生田間で3線軌条が廃止されて標準軌に対応する線路が取り除かれたため、全線を直通する列車は物理的に存在し得なくなっている。ただし車庫が入生田にあるため、回送列車のみであるが入生田~箱根湯本間を3線軌条を使用して箱根登山鉄道の車両が今でも走行する。


余談

  • 英語での社名はHakone Tozan Railway。間違ってもHakone Tozan TetsudoHTT)ではない。
  • 新世紀エヴァンゲリオンの舞台となる第3新東京市が沿線の箱根町仙石原を舞台としており、箱根登山鉄道の車両が爆撃で破壊されるシーンも描かれている。

関連イラスト

鉄道線(箱根湯本以遠)

あじさい


鋼索線

箱根登山ケーブルカー


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