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かつてはらい病と呼ばれた病気。歴史上では大谷吉継が罹患者として有名。

潜伏期間が数年単位と長いが、感染力そのものはさほど強くなく、また治療薬の出来ている現在では弱い感染症の部類に入る。

放置しておくと悪化し皮膚や骨の変形、神経症状からの失明などを招き、

昔は治療法がなかったこともあり見た目の偏見から患者が激しい差別の対象とされることも多かった。

しかし衛生状態や栄養状態の改善された国では減少傾向にあり、

1943年に特効薬プロミンが開発されたこともあり現在日本では新規患者は大幅に減っており

ほとんど外見に影響を及ぼさない軽度のうちに完治させることも可能である。

しかし政情不安定な国では衛生状態が良くないこともあり未だに新規患者が多数発生している。

また患者を人里離れた療養所に隔離することもよく行われており、

日本でも昭和初期から戦後暫くにかけては患者を強制的に療養所に収容したりといった

強硬的な政策を行っていた時期もあり、こうした政策が完全に終わりを告げたのは1996年(平成8年)4月1日に施行された「らい予防法の廃止に関する法律」である。

しかしこの誤った政策が見直され始めた頃は既に療養所に強制収容された世代の元患者達は高齢化しており社会や家族とも切り離されて久しいため一般社会に戻る事ができず、病気が治ってもそのまま療養所で暮らしている者が多く悲劇は今もさまざまに尾をひいている。

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