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概要

1998年9月21日生まれ、スロベニア、コメンダ出身の自転車競技選手

経歴

2017年、スロベニアのコンチネンタルチームであるログ・リュブリャナでプロデビュー。

2019年、UAE チーム・エミレーツへ移籍。 グランツール初出場となるブエルタ・ア・エスパーニャでは、第9ステージでグランツール初ステージ勝利、第13ステージで2勝目を挙げる。第20ステージでは残り39km地点で単独アタックをかけ、独走で区間3勝目。最終的に、総合3位とヤングライダー賞を手に入れた。

ツールドフランスでの成績

2020年、ツール・ド・フランスに初出場。第7ステージで風の影響により分断した後方集団に取り残され、ライバル勢から1分21秒のタイムを失った。第9ステージでマルク・ヒルシ、プリモシュ・ログリッチとのゴール前スプリントを制し、ツール・ド・フランス初勝利。第15ステージでもログリッチとの登りスプリントを制し、大会2勝目。第19ステージ終了時点で首位のユンボ・ヴィスマのログリッチ(現レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)とは57秒差の総合2位につけていた。そして個人タイムトライアルの第20ステージで、総合首位のログリッチを1分56秒上回るタイムで大会3勝目を挙げた。また、総合でも最終日前日にして57秒あったログリッチとの差を逆転して総合首位に立ち、21歳にしてツールドフランス初出場での総合優勝を果たした。さらに第20ステージで獲得した山岳ポイントで山岳賞も獲得。ヤングライダー賞も獲得し、最終的に3枚の特別賞ジャージを手に入れた。

2021年のツール・ド・フランスでは、第5ステージの個人タイムトライアルでステージ1勝目。大会最初の上級山岳ステージとなった第8ステージで、総合ライバル勢に対して3分20秒の差をつけ、マイヨジョーヌを獲得。第17ステージで総合2位のヨナス・ヴィンゲゴー、3位のリチャル・カラパスを下しステージ優勝。第18ステージでも勝利を挙げ、山岳賞でもトップに立った。第9ステージ以降、総合リーダーの座をキープし続け、最終的に大会連覇と共に、前年同様、3枚の特別賞ジャージを手に入れる結果となった。

2022年でも3連覇を目指して始まったツール・ド・フランスでは、第6ステージでステージ1勝目を挙げるとともに全体リーダーに躍り出ると、第7ステージでは残り700メートルの未舗装急勾配区間で逃げに追いつき2勝目を挙げる。3連覇へ順調に見えたが、第11ステージではガリビエ峠でログリッチ、ヴィンゲゴー、クス、ファンアールトを擁するチーム・ユンボ・ヴィスマ(現ヴィスマ・リースアバイク)の揺さぶりに合い、最後のグラノン峠でヨナス・ヴィンゲゴーに後れを取り、総合タイムでヴィンゲゴーから2分22秒遅れ、マイヨ・ジョーヌを手放すこととなった。第17ステージではフィニッシュ直前までヴィンゲゴーと競り合う中、辛うじてステージ3勝目を挙げる。その翌日の第18ステージでもヴィンゲゴーからタイムを取り戻そうと積極的なアタックを仕掛けていく。しかし途中の1級スパンデル峠の下りで落車をしてしまい、ヴィンゲゴーから遅れることに。しかし落車に気づいたヴィンゲゴーがポガチャルを待つというスポーツマンシップがありこのシーンはファンに衝撃を与えた。最後のオタカム峠では前待ちをしていたワウト・ファンアールトの引きで離されてしまい、1分以上広げられることとなる。最終的にはヤングライダー賞は獲得したものの、総合2位となった。

2023年はリエージュ〜バストーニュ〜リエージで落車し手首を骨折するアクシデントがあったもののツールには間に合い4年連続で出場。第6ステージで区間優勝し復調ぶりを示したが、第16ステージの個人タイムトライアルでヴィンゲゴーに差を広げられると、翌日の山岳第17ステージのロズ峠においてさらにヴィンゲゴーから遅れ、最終的に新人賞は獲得したものの総合成績は2位に終わり、前年に続きヴィンゲゴーの後塵を拝した。

2024年は、ツール・ド・フランスで区間6勝を挙げる強さでヴィンゲゴーを寄せ付けず3年ぶり3度目の総合優勝を果たした。また、その前に出場したジロ・デ・イタリアでも総合2位のダニエル・マルティネス(レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)に対し9分56秒差をつける圧倒的な強さで総合優勝を飾っており、1998年のマルコ・パンターニ以来26年ぶりとなるジロ・ツールの「ダブルツール」を達成した。

編集者:小吉
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