概要
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小学生時代は「山吹小学校」に在籍。
「南葛SC」のメンバーに選抜され大空翼たちとチームメイトとなり、全国大会まで共に戦っていくことになる。
中学生では浦辺反次と共に大友中学校へと進み、
浦辺反次、中山政男、西尾浩司と併せて「大友カルテット」と呼ばれている。
高校は南葛高校へと進み、岬太郎や石崎了と共に南葛高校サッカー部で活動する。
ワールドユース編で、タイユース代表の「サークーン・コンサワット」のボレーシュートをダイビングヘッドで返し負傷した時、実況が「シャーク岸田」と呼んだのがきっかけで、由来は不明であるが、以後「シャーク岸田」の異名が定着している。