概要
イタリア海軍初の本格的な主力戦艦で、本艦は1906年より海軍相に就任したカルロ・ミラベロ中将の指示で、1907年にエドアルド・マスデア造船総監督の設計によりまとめられ、1908年に議会に建造予算が認められてカステラマーレ造船所で建造された。本艦の主砲塔配置はヴィットリオ・クニベルティ造船士官の案が採用された。三連装砲塔を採用したのは世界初であり、全て中心線上に配置することで舷側にも全主砲12門の発射が可能だった。日露戦争での壊滅から再建中であったロシア海軍の技術当局はこの主砲配置に深く関心を持ち、同種の戦艦を多数建造することとなった。だが、本艦を建造途中にオーストリア=ハンガリー海軍がテゲトフ級戦艦の建造を発表したために、より強力な戦艦が求められたために本艦のみとなった。
本艦の船体は艦首のみ乾舷の高い短船首楼型船体を採用していた。
解説
本艦の主砲は新設計の「1909年型 30.5cm(46口径)砲」を採用している。本艦からはアームストロング・ホイットワースナポリ支社で製造された半鋼線製の主砲であり、長らくのイギリスによる技術支援によりイタリアでも大口径砲の製造が可能となった。しかし、それでもイギリス人技術者の補助と長い時間が製造に必要であった。その性能は、重量452 kgの主砲弾を最大仰角20度で射距離24,000mまで届かせられた。発射速度は毎分2発、仰角は20度/俯角5度で動力は蒸気機関による水圧駆動であり補助に人力を必要とした。旋回角度は3連装主砲塔が左右150度の旋回角が可能であったが、実際は前後の煙突に挟まれているために死界があった。主砲塔1基に対し70~800発の主砲弾が納められたが、通常は徹甲弾40発に榴弾30発で他に訓練用砲弾であった。
ボイラーは、自国製造のブレシンデン式だがボイラーは重油専焼水管缶を7基、次いで石炭・重油混焼水管缶16基を船体中央部の主砲塔弾薬庫を避けて前部ボイラー2室と後部ボイラー2室に分散配置された4室であった。推進機関はイタリアの主力艦としては初のタービン推進艦となり、パーソンズ式直結式タービンを高速型と低速型で1組として2組4軸推進方式となり、タービン室は上から見て二枚の縦隔壁により隔てられた3室構造であった。最大出力は32,000馬力で最大速力22.8ノットを発揮し、燃料消費量から石炭2,400トンと重油600トンを搭載した状態で10ノットで4,800海里を航行できるカタログデータであった。
艦名 | 工廠 | 起工 | 進水 | 竣工 | 戦没 |
ダンテ・アリギエーリ | カステラマーレ | 1909/06/06 | 1910/08/20 | 1913/01/15 | 1928/11(解体) |