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概要

かつてソビエト社会主義共和国連邦(СССР/USSR)が、現在はロシアが開発・運用している使い捨ての有人軌道往還機
名前はロシア語で「団結、結合、同盟、連邦、組合」を意味する。英語の「ユニオン」と同義である。

1960年代に、アメリカアポロ計画に対抗する有人月旅行船として開発された。初飛行は1967年4月で、この時は有人地球周回飛行に成功したものの、大気圏再突入時にパラシュートが開かない事故が発生し、乗員は死亡している。
初期のソユーズには200もの技術的欠陥があったとされているが、ミッションごとに改良を重ね、基本設計が1960年代に遡るにもかかわらず、今日では「最も安全で経済的な有人宇宙船」と高い評価を受けており、商業宇宙旅行にも利用されている。2011年にアメリカのスペースシャトル(オービター)が退役した後は、当面唯一の有人往還機となっている。

業績

1968年10月:ソユーズ2号(無人)と3号(有人)がランデブーに成功。
1969年1月:ソユーズ4号と5号がドッキングに成功。
1969年10月:ソユーズ6号、7号、8号が、史上初の有人宇宙船編隊飛行。
1971年4月:ソユーズ10号が世界初の有人宇宙ステーション・サリュート1号とドッキングするが搭乗に失敗。サリュートとの往還は同年6月にも行なわれ、この時は成功するものの、ソユーズ側に気密漏れが起き乗員全員が死亡している。
1975年7月:ソユーズ19号がアポロ18号とのドッキングに成功。
1986年6月:サリュート計画終了。以後ソユーズはミール計画の往還手段として使用される。
1990年12月:日本人初の宇宙飛行士としてTBS記者の秋山豊寛がソユーズに搭乗しミールへ。
2001年3月:ミール計画終了。以後ソユーズは国際宇宙ステーション(ISS)への往還手段として使用される。
2003年2月:コロンビア空中分解事故発生により、ソユーズと併用してISSへの往還手段として使われていたスペースシャトルが運用停止。2005年7月までの約2年半の間、ソユーズがISSと地球を結ぶ任務を担う。
2011年7月21日:この日をもってスペースシャトルによるISSとの物資輸送往還が廃止(人員輸送往還は2009年11月16日で廃止)。ソユーズが唯一の往還手段となる。

その他

打ち上げロケットは、R-7スプートニクボストークの打ち上げロケットから改良しているため、ロケットの形はかなり似ている。

関連タグ

ソ連 ロシア 宇宙船 人工衛星 ロケット
スプートニク ボストーク ミール 国際宇宙ステーション アポロ

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