概要
阪急電鉄の子会社で、兵庫県川西市の川西能勢口駅と大阪府豊能郡豊能町の妙見口駅を結ぶ路線を中心に運行する、大阪圏の通勤路線である。通称:のせでん(能勢電)
1978年に能勢電気軌道から現在の能勢電鉄に社名変更している。
現在の鉄道線(妙見線・日生線)の車両はすべて元阪急の車両で、一時期は独自のカラー(コーヒー色、フルーツ牛乳とも言われた)の車両を走らせていたが、現在では阪急と同じカラー(マルーン、マルーンと屋根周りにアイボリー)に統一されており、ぱっと見や乗っただけでは一部を除き阪急電鉄と区別がつかない。
能勢電鉄の能勢は能勢妙見山のこと。能勢妙見山への参拝輸送を目的として開業されたもので、大阪府豊能郡能勢町には路線はない。能勢電鉄の山下・妙見口・日生中央の各駅とJRの亀岡駅などが同町の最寄り駅となっている。
駅は、兵庫県川西市・川辺郡猪名川町と大阪府豊能郡豊能町にあり、路線は大阪府池田市を僅かに通る。
日中は全線で10分間隔で運行され、ラッシュ時には阪急と乗り入れる特急「日生エクスプレス」が走っており、主要駅は日生エクスプレスに対応するため、8両まで停車可能となっており、能勢電鉄所有車両の年数はともかく(阪急時代から合わせて、走り出して半世紀以上の車両も存在する)、中小私鉄とは言えない施設を持っている。
かつては乗合自動車を妙見線開業後に直営で一の鳥居~妙見間や奈良~春日大社間を運行していたが撤退している。また、直営撤退後に能勢妙見自動車や北摂乗合自動車といった子会社が沿線を運行していたが現在は阪急バスや京阪京都交通(丹波交通→旧京都交通)となっている。
路線
鉄道線
2013年12月21日に鉄道線(妙見線・日生線)にナンバリングが実施された。NoseのNS
- 妙見線
川西能勢口-妙見口間。
1913年に能勢口(現:川西能勢口)-一の鳥居間を開業、1923年に妙見(現:妙見口)へ延伸し全線開業した。
開業以来の本線筋だが、山下以北は単線で、日生線の開業以降はこちらが支線のようになっている(川西能勢口からの列車もある。昼間時間帯は2本に1本)。
妙見口駅から徒歩かバスで妙見の森ケーブル黒川駅に連絡している。
川西能勢口駅では阪急電鉄宝塚本線と連絡し一部が乗り入れ、JR福知山線(JR宝塚線)川西池田駅とも徒歩連絡している。
かつて川西国鉄前駅-川西能勢口駅間が存在した(1917年開業)が、1981年に駅前再開発により廃止。1両による運行で、最終的にはラッシュ時のみの運転されていた。元々この国鉄前までの路線は平野水(三ツ矢サイダー)(平野駅近くの平野鉱泉で生産されていた)などの貨物を輸送する目的で開業した。
- 日生線
山下-日生中央間。
1978年開業の比較的新しい路線、阪急梅田駅からの列車も乗り入れるなど、山下以北はこちらが中心となっている。途中駅はないが、一庫地区に新駅が計画されている。
妙見の森
- 妙見の森ケーブル(鋼索線)
黒川-ケーブル山上間。
妙見鋼索鉄道(能勢電と地元有志が半分ずつ出資)の下部線(ケーブル)として1925年開業し1944年不要不急線となり休止、1960年に能勢電により再開業した。
レール幅が標準軌(1435mm)で全国で妙見の森ケーブルと伊豆箱根鉄道十国峠ケーブルの2社しかない、珍しいものとなっている。
妙見線妙見口駅から黒川駅は離れており、徒歩か阪急バスでの連絡となっている。バスでは約5分、徒歩では約20分、府県境まで上り坂。
2013年の冬季運休からの再開時に妙見山一帯を愛称「妙見の森」としてリニューアルしたことに伴い、路線名称を妙見ケーブルから妙見の森ケーブルに変更している。
- 妙見の森リフト(索道線)
ふれあい広場-妙見山間。
妙見鋼索鉄道の上部線(ケーブル)として1925年開業し1944年不要不急線となり休止、1960年に能勢電によりリフトでの再開業となった。
上部線では途中カーブがあったがリフトではカーブを曲がれないため、カーブになる部分にふれあい広場駅を設置しそこまでとなった。
そのため、ケーブル山上駅からふれあい広場駅の間は徒歩連絡となっている。上り坂約5分。
妙見山駅から能勢妙見山の鳥居までは徒歩5分ほど。
上部線の機材が伊豆箱根鉄道十国峠ケーブルに再利用されている。
ケーブルと同様に2013年の冬季運休からの再開時に路線名称を妙見リフトから妙見の森リフトに変更している。また、妙見観光リフトと表記される場合もある。
この他、観光トロッコ列車「シグナス森林鉄道」を妙見の森ふれあい広場で土日祝のみ運行している。ラックレール区間がある。
駅一覧
妙見線 | 川西能勢口-絹延橋-滝山-鶯の森-鼓滝-多田-平野-一の鳥居-畦野-山下-笹部-光風台-ときわ台-妙見口 |
---|---|
日生線 | 山下-日生中央 |
鋼索線 | 黒川-ケーブル山上 |
索道線 | ふれあい広場-妙見山 |
ナンバリングは、妙見線がNS01(川西能勢口)-NS14(妙見口)、日生線日生中央がNS21。川西能勢口には阪急のHK-50も付けられている
車両
歴代でも自社製造車両が非常に少なく、歴代のほぼすべてが阪急の中古車両となっている。近年は阪急の車両新造ペースの鈍化に加え、能勢電鉄を含む神宝線車両より横幅の大きい京都線車両(6300系など)の置き換えを優先したため、能勢電鉄向けの譲渡車輌に関しても導入は停滞していた。現時点で最高齢車両は54歳、線内ローカル用では最も若いものでも走行開始から間もなく半世紀が経過し、新たな車両への置き換えが待たれる。1500系導入以前は、規格の小さい、中型・小型車両で占められていた。
現有車両
基本的に4両編成で、2両編成が2編成、8両編成が1編成存在する。
- 1500系(元阪急2100系)
1983年に能勢電鉄で導入した初の冷房車であり、大型車(19メートル)。4両編成が5編成と山下以北の区間運転用に2両編成が2編成存在する。この2両編成2編成はもともと4両1編成であった。そのため、中間車化改造されていた1編成(1560F)のみ前面が3100系と同様のものとなっている。1962年から製造された元阪急2100系を改造し導入したもので、阪急で走り始めてから半世紀以上経過している。一部に元阪急の2000系や2021系が含まれる。
導入時の塗装はマルーンとクリーム。
- 1700系(元阪急2000系)
1990年に能勢電鉄で導入した車両。4両9編成存在したが2004年に日生エクスプレスの増発によりワンマン化改造されていなかった1編成(1750F)が廃車され、現在8編成になっている。すべてが4両編成であるが、一時期ラッシュ時用に6両編成となったものがあった。1960年から1962年に製造された元阪急2000系を改造し導入したもので、1500系よりも古い。阪急で走り始めてから半世紀以上経過している。一部に元阪急の2021系、2100系が含まれる。
導入時の塗装はオレンジとグリーン。
- 3100系(元阪急3100系)
1997年に能勢電鉄で導入した車両で、1編成(3170F)のみの存在。前面の標識灯を移設し周りに銀帯が設置され、内装は白系にブルーの座席と阪急時代とは大きく異なる。1965年に製造された元阪急3156Fを改造し導入したもの。
導入時の塗装はクリームとオレンジ。
- 6000系(元阪急6000系)
2014年に能勢電鉄で導入した車両で、現在1編成(6002F)が導入され、唯一の8両編成となっている。8両編成でワンマン対応改造もしていないことから、能勢電鉄線内では日生エクスプレスでのみ運用される。日生エクスプレス以外では、阪急線内で他の阪急車と同様に運用され、梅田のみならず宝塚や箕面へも乗り入れている。かつての芝山鉄道3600形の運用のそれに近い。阪急からの譲渡時に改造や改番はされていない。5100系よりも後に能勢電鉄の車両となったが営業運行開始は改造されていないこちらのほうが先である(2014年7月31日導入、翌8月1日運行開始)。製造は1977年。
導入時の塗装はマルーンに屋根周りがアイボリー。阪急色からの変更が無いため、アイボリー色を巻いたカラーリングは能勢電鉄初となった。
- ケーブル用車両(C型)
現在の車両はケーブル再開業時に導入された車両で2両あり、それぞれ塗装が異なり愛称もつけられている。
1号車がミントグリーンで「ほほえみ」、2号車がマーマレードで「ときめき」になっている。
- リフト用座席
一人用で茶色、屋根は緑に塗装されている。
導入予定車両
- 元阪急5100系
2014年に能勢電鉄が阪急電鉄より購入した車両。能勢電鉄での形式は不明。阪急時代は5136Fの8両編成(中間に先頭車を挟む4両+4両)。のせでん線内で使用するために阪神電車尼崎工場で改造を受けるため、2014年7月13日に(元)阪急車両として初めて正式に神戸高速線経由で阪神本線を走行した。尼崎では阪神車だけでなく、乗り入れている近鉄や山陽の車両と並ぶこともあった。6000系よりも先に能勢電鉄の車両となったが、改造の必要があるため営業運行開始はこちらのほうが後となっている(2014年8月現在改造中)。製造は1973年。
過去の車両
製造は1500系の前だが、1500系の導入後に入線した。1986年に元阪急1010系1編成が、1988年に元阪急1100系1編成がそれぞれ4両編成で導入、1998年にラッシュ時用に2両廃車し6両1編成となった。2001年廃車。製造は1958年と1959年。
導入時の塗装はマルーンとクリーム。
- 610系(元阪急610系)
上記の大型車導入前の主力車両。車体長は15メートル。元阪急の最後の現役釣り掛け車両ともなった。4両編成で登場し最終的には大型車の輸送力と揃えるため5両編成となった。製造は1953年から1956年に車体新造。
塗装はマルーン。
- 60型
最後の能勢電自社製造車両(車体新造)。2両、車体長13メートル。1両での運行。1955年に借り入れていた阪急40型を購入の上車体を新造したもの。全線で運行されていたが15メートル車の320型の導入で、60号が廃車。61号はかつて存在した川西国鉄前 - 川西能勢口間での運行となった。1982年、同区間の廃止により廃車。
塗装はクリームとブルー。
- 50型
3両、車体長13メートル。1両での運行。70型(元阪急37型)の車体を新造したもので、1953年に50号・51号が、1954年に52号が製造された。52号のみ製造会社が異なる。50号・51号の機器交換後はこの2両は60型と差がなくなった。60型同様、全線で運行されていたが15メートル車の320型の導入で、50号・52号が廃車。51号のみかつて存在した川西国鉄前 - 川西能勢口間での運行となった。1982年、同区間の廃止により廃車。この車両の導入により矢問駅が廃止され、鶯の森駅が新設された。
塗装はクリームとブルー。
- 31型
最後の能勢電自社製造車両(完全な新造)。1926年に導入。31号~36号の6両。能勢電初のボギー車。当初は木造車で塗装がマルーンだったが1956年31号・32号の2両が半鋼車に改造され、塗装も50型・60型と同じクリームとブルーになった。1966年320型の導入で廃車。
- 1型
能勢電鉄開業時(1913年)の車両。塗装はグリーンブルー。唐草模様がデザインされていた。車体長は9メートル。1両の車体の半分が阪急電鉄正雀工場で保存されている(1号だが2の番号が付けられている)。
車両の塗装
- 鉄道線
歴代の多くの車両が阪急と同色の「マルーン」。6000系については阪急時代と同じ「マルーンに屋根周りがアイボリー」
現在の車両(1500系)は「マルーンとクリーム」→「オレンジとグリーン」→「クリームとオレンジ」→「マルーン」とかわった。
また、1500系と1700系の一部(7編成)では「オレンジとグリーン」と「クリームとオレンジ」の間に試験塗装で各編成で異なる7種類の塗装で登場した。
2008年には創立100周年記念で「マルーンとクリーム」と「クリームとオレンジ」が2編成4両に復刻塗装された
2013年には開業100周年記念で50型の塗装「クリームとブルー」・1型の塗装「グリーンブルーに窓下に金色の唐草模様」が2編成4両に復刻塗装された
- 妙見の森ケーブル
2014年の冬季運休からの再開時まで「ほほえみ」がイエロー系、「ときめき」がピンク系だった。
1993年までは共通したオレンジとクリームの塗装で車両の愛称も無かった。
- 妙見の森リフト
2014年の冬季運休からの再開時までは黄色、屋根は赤、青、黄色が順番に塗装されていた。
種別
平日ラッシュ時のみ運行。梅田駅-日生中央駅間。のせでん6000系・阪急6000系・8000系車両で運行。朝は梅田行、夕方は日生中央行が走っている。
梅田行きの一部は川西能勢口駅で2両増結され阪急宝塚本線内を10両で運行される。増結用車両は全て阪急車のため、のせでん車と阪急車の連結が見られる。
阪急が春と秋に実施する各地と京都・嵐山を結ぶ臨時列車を運行する土休日に梅田行きが2本臨時運行され、十三駅で1本目が梅田発京都・河原町行き快速特急「京とれいん」に、2本目が高速神戸発嵐山行き直通特急「あたご」に連絡する(某ゲームのあのキャラじゃないよ)。
また、春に沿線でゴルフトーナメントが行われる時の週末に日生中央行きが朝に運行される。
停車駅:日生中央-山下-畦野-平野-川西能勢口-池田-石橋-十三-梅田(川西能勢口-梅田間は阪急電鉄宝塚本線)
- 妙見急行
平日、土曜に運行。妙見口駅-川西能勢口駅間。能勢電鉄車両で運行。朝ラッシュ時、川西能勢口行のみ運行。日生エクスプレスや日生急行と異なり、一の鳥居にも停車する。
停車駅:妙見口-平野間の各駅と川西能勢口
- 日生急行
土曜に運行。日生中央駅-川西能勢口駅間。能勢電鉄車両で運行。朝ラッシュ時、川西能勢口行のみ運行。
土曜日は日生エクスプレスが運行しないため、その代わりとなっている。
停車駅:日生中央-山下-畦野-平野-川西能勢口(能勢電鉄線内の日生エクスプレスと同じ)
日中は妙見口駅・日生中央駅-川西能勢口駅間と山下駅でそれぞれと接続する区間列車が存在する。日生中央行区間列車は山下駅で折り返す際、乗客を乗せたまま川西能勢口方面へ向かい本線上でスイッチバックする。
この路線図では阪急宝塚線も含む