ピクシブ百科事典は2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

平頼綱の編集履歴

2015-10-13 00:25:42 バージョン

平頼綱

たいらのよりつな

平頼綱は鎌倉時代の人物。北条得宗家御内人、内管領。

概説

北条時宗貞時の時代の内管領

霜月騒動安達泰盛を滅ぼし幕府の実権を握るが、貞時によって粛清される。

彼の後鎌倉幕府は一族の長崎氏ら御内人が実権を掌握していくことになる。


大河ドラマ『北条時宗』における平頼綱

大河ドラマ『北条時宗』では北村一輝の怪演によって時宗に対する忠誠心と敵に対する残虐さを併せ持った人物として描かれている。初登場は第12話『暗殺』。ドラマでの彼は生まれも確かではない孤児で、当初は『八郎』と名乗った。幕府の要人から時の執権・北条長時の暗殺を依頼され、それを実行する。後に日蓮に降りかかった危機を助けたことをきっかけに召し抱えられ、そこで時宗と出会うことになる。『平頼綱』という名は時宗から役職を与えられ、それと同時に平盛綱の養子となった際に時宗から貰った名前となっている。

『北条時宗』第15話のアレなシーン カラーVersion

日蓮に本性を見抜かれて狂ったように殴りつけたり、蒙古軍の捕虜を皆殺しにしたり北条時輔の正室を斬り捨てるなど容赦なさ、正規の御家人が持っている武士の心を持たない一面がしばしば強調されている。が、時宗への忠誠心はほとんどであり、時宗に仕えるようになってから第22話『京の闇』で「妻の実家(飛鳥井家)の者が怒ってまいる」との理由で時宗から直々に禁止されるまで「もったいのうございます、某のようなものが」という言葉が口癖となっていた。ちなみにこの縁談の際、頼綱は「某は一生妻を娶らず、時宗様に尽くすつもりでございます!」と堂々と宣言している


その忠誠心は最後まで変わることがなく、最終話で時宗が亡くなった際は人目をはばからず泣き叫び、妻からビンタを喰らうまで体育座りで凹んでいた。


関連タグ

北条時宗

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました