概要
生没年:1566年~1590年
戸沢氏16代当主戸沢道盛の次男。
通称は九郎。あだ名は夜叉九郎、鬼九郎。出羽角館城主。
戸沢氏は平忠盛の弟・平忠正の長男で保元の乱に敗れ父や弟たちと共に処刑された平長盛の末裔を称している。
兄である戸沢盛重が父の隠居後、家督を継いでいた。しかし、病弱であったため1578年に齢13歳の若さで盛安が戸沢氏の家督を継ぐ。
盛安は父の後見の元、家臣団の掌握と安定した領国経営に乗り出すと共に、中央情勢を把握と自らの権威を高める為に、中央の権力者である織田信長が鷹狩が好きと知り、鷹を送ることで誼を深めている。
そうした努力の甲斐あって1582年頃には、大規模な軍事行動を行えるようになり、羽前の最上義光と同盟し、大曲平野に進出し横手城主の小野寺輝道・義道父子と鎬を削っている。また同年には羽後の安東愛季と合戦を行い野戦を行って勝利する。
盛安は大将でありながら自ら陣頭に立って勇猛果敢に戦い、領土を着々と拡大することに貢献した。周囲の大名は盛安の勇猛さを恐れ,「夜叉九郎」と呼ばれるようになる。
1590年豊臣秀吉による小田原征伐が始まると、侍6人足軽3人共に商人に変身して、敵地を通り抜けて海路で謁見に向かう。秀吉が東海道へ進軍中と知ると、大井川が大雨で増水しているのにもかかわらず、「関白殿下への忠義に報いる為に、増水なんぞに負けるわけにはいかない」と言って、見事渡河に成功。
そのままずぶ濡れの姿で秀吉と謁見し、秀吉は盛安の忠誠を褒め称え太刀をその場で与える共に、北浦郡4万4000石を安堵している。
心労が経ってか小田原落城前に病死。享年25。彗星のような短い生涯だった。
戦国大戦
メイン画像の姿で、電影武将として参戦。
他家東所属レアリティR、3コスト武力9、統率6の騎馬で特技に魅力、気合を持っている。
3コストの武力9の気合持ち騎馬なので、生存力と破壊力が高いのが売り。
計略は士気6の「夜叉九郎の采配」。計略内容は単純に武力が上がるだけだが、武力の上昇値が6と高く、癖のないシンプルな計略で使いやすい。
「夜叉九郎、戦場で舞おう」
ver3.2でイラストリファレンスを果たして再登場。
所属レアリティはそのままで、2コスト武力8、統率3の槍足軽で特技に制圧を持っている。
全体を見ても貴重な2コスト武力8の制圧持ちの槍足軽であり、統率も極端に低くない3を持っているだけでもスペック要員の価値があり、条件付きだが勢力制限なしの武力上昇値が高い采配持ちと非常に優秀な性能をしている。
計略は士気6の「星河の采配」。特技の合計値で武力が上がる特殊な采配で最低値は3だが、特技の合計値が4を超えるごとに武力上昇値が+1され、最大値は武力+8になる非常に破格の采配。さらに、この特技は忠誠のようなデメリット特技や、七色の折り紙や智者の装激、一天四海などの計略で付与された特技もカウントされるという強みがある。
「愛など夜叉には不要……、勇気も、言葉だけのものと知れ」
因みにスペックが、1枚目は9/6で「九郎(くろう)」、2枚目は8/3で「夜叉(やしゃ)」と韻を踏んでいる。
余談ながら2枚目のセリフが「愛(魅力)など夜叉には不要……、勇気(気合)も、言葉だけのものと知れ」と1枚目が持っていて、失った特技を指してるとネタになっているとかいないとか