概要
歴史
1999年(平成11年)4月1日、前身の阪神銀行(旧:阪神相互銀行)が、みどり銀行(銀行コードは0561)を吸収合併して発足した。
みどり銀行は、1995年(平成7年)、経営破綻した兵庫銀行から業務を譲り受けて引き継ぐ「受け皿銀行」として、地元経済界を中心に設立されたが、兵庫銀行の不良債権も引き継がなければならなかったことなどから譲受当初から経営は難航し、事実上の経営破綻状態に陥った。
このことが、健全経営であった阪神銀行への合併に大きく作用したとされるが、阪神銀行・みどり銀行とも、おもに兵庫県南部を営業基盤とする第二地方銀行であったことから、合併に際しては両銀行が相互に補完しあいつつ、「県民銀行」として、旧両行とは違った新たな雰囲気を創り上げていった。
なお、合併の際、みどり銀行の不良債権はみなと銀行には引き継がれず、整理回収機構に譲渡された。また、みどり銀行は合併直前に県外の支店(大阪府内の一部を除く)をすべて閉鎖したため、県外支店は大阪(心斎橋)・梅田・千里山・東京(日本橋室町)のみとなっている。
2000年(平成12年)7月、当時筆頭株主であったさくら銀行(現・三井住友銀行)が、みなと銀行との合意を経て、株式公開買い付け(TOB)による方法でみなと銀行を連結子会社化した。この手続きに成功したのに続いて、兵庫県内のさくら銀行20店舗(旧神戸銀行店舗)が、2期(2000年11月、2001年1月)に分けてみなと銀行に譲渡された。さくら銀行が旧神戸銀行時代から受け持ってきた、いくつかの播磨地方の地方自治体の指定金融機関も、みなと銀行へ移行された[1]。この譲渡に際して顧客の便宜を図るため、同年11月7日から、さくら銀行・みなと銀行双方で、ATMによる現金引出や振込の手数料を自行扱いとした。
さらに、同年12月には、乱脈経営で破綻した「北兵庫信用組合」から9店舗を譲り受け、兵庫県北部に本格的に進出。また、2001年(平成13年)10月には、理髪店経営者らが組合員の多くを占める「神戸商業信用組合」を合併し、同時に、同信組の店舗を近隣のみなと銀行店舗に統合した(これにあわせて、同信組本店の統合先となった同行布引支店は、店舗移転は伴わず店名のみを「北野坂支店」に改称した)。
さくら銀行の内部人事では、旧太陽神戸(とくに神戸)の三井を嫌う人たちが、なじみ深い地元兵庫の、みなと銀行に流れた。
2007年(平成19年)4月16日にはネット支店である「海岸通支店」を開業した。
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