ネロ・カエサル・アウグストス
ねろかえさるあうぐすとす
IMPERATOR NERO CLAVDIVS CAESAR AVGVSTVS GERMANICVS
本名 | LVCIVS DOMITIVS AHENORBARBVS |
スペル | ルキウス・ドミティウス・アヘノバブルス |
クラウディスの養子名 | ネロ・クラウディウス・カエサル・ドルスス・ゲルマニクス |
スペル | NERO CLAVDIVS CAESAR DRVSVS GERMANICVS |
皇帝名1 | ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス |
スペル | NERO CLAVDIVS CAESAR AVGVSTVS GERMANICVS |
皇帝名2 | インペラートル・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス |
スペル | IMPERATOR NERO CLAVDIVS CAESAR AVGVSTVS GERMANICVS |
生没 | 37年12月15日 - 68年6月9日(31歳) |
統治 | 54年10月13日 - 68年6月9日(14年) |
概要
5代ローマ元首 18歳で即位した。統治十二年のうち5年は非常に評判が良かったが、あとの7年はほぼ暴政。暴君の代名詞として一番有名なローマ皇帝であるとされる。
個人的には前治世5年はネロ、後半治世はルキウスという感じがする。
複雑な出生
元首ティベリウス治世下で執政職を歴任するアヘノバブルス家で生まれる、母は後に有名な悪女アグリッピナである。この執政アヘノバブルスはとても人間として最低の部類の人間で、粗暴であり女子供にも平然と暴力をふるう男であった。彼はAD40年に長年の不摂生がたかって死ぬ
AD41年に元首ティベリウスが崩御、次代にガイウス・カエサル・アウグストス(カリグラ)がローマ元首を継承すると、元首カリグラはまっさきに不詳の執政であったアヘノバブルス家の一族を帝都ローマからさせ財産を没収した、この時にアグリピッナとルキウス(ネロ)はアグリッピナ側の家族の元へいた。その後元首カリグラが惨殺され、アグリッピナ側の伯父であったクラウディウスがローマ元首に流れ即位した。
ルキウスからネロへ
元首クラウディウスがアグリッピナとルキウス(ネロ)が帝都ローマへ帰還が許すと、アグリッピナは元首クラウディウスの妻になることを承諾し、その時に息子ルキウス・ドミティウス・アヘノバブルスの名前も、ネロ・クラウディウス・カエサル・ドルスス・ゲルマニクスに改名した。
18歳で即位
ネロはクラウディウス家の養子となりそこで当時の著名な哲学者セネカから教育を受けることになる、これはおもに帝王学だった。AD51年にクラウディウス・カエサル・アウグストスが崩御すると、彼の直接の息子ブリタンニクスが後継者として挙がったが、彼はネロは年少だったので年上のネロが後任のローマ元首として選ばれた。ネロ18歳である。
黄金の5年
最初の五年は元首ネロが年少であるということから、セネカや皇帝親衛隊長官ブルスなど有能な人材にバックアップさせた。これによりネロの最初の5年間の治世はとてもうまくいったとされ黄金の5年間と言われる。
しかしこの頃から母アグリッピナは公の公務にも平然と顔を出すようになり、息子ネロは相当なストレスを感じていたようで夜な夜な親友のオトなどとともに夜遊びにふけっていたとされる。
アグリッピナは息子ネロと近親相姦を行っていたとされるが、定かではない。
後の8年間