概要
弦楽器の製作者アントニオ・ストラディバリが制作した世界でも最高峰のバイオリンである。
数億円で取引される事もあり、日本音楽財団では無償貸代がなされている。
その価値ゆえか、小説やドラマ、漫画などの『創作物の世界』では、「ストラディバリウス」が原因で何人もの人が命を落としたり、犯罪に手を染めたりしている。
可能な限り謎に迫る
なんでそんな事になっているのかというと、このバイオリンの音色を再現する事が事実上不可能だからである。
ストラディヴァリ独自のノウハウが多数詰め込まれており、科学的に分析しようにも類似の材料すら見つからないしそもそも数億円の価値をもつ代物を気安く分解出来るわけもなく、謎は謎のまま。
何故あの一際薄く削られた表板が弦の張力に耐えきれるのか(CTスキャンで測定した数値で同じもの作ったら壊れます)。
ホウ砂を使ったのは本当に防虫効果が目的だったのか。
表面を覆う所謂『黄金のニス』一つとっても都市伝説的な「押さえると指紋が残るが翌朝には消えている(ウソです)」などという莫迦な話が独り歩きするほど謎。
実際に何が必要だったのかはバロック期の張力の低い時代と近代の改修後の時代をそれぞれ百年単位で経年変化を検証しなくてはならないだろう。
近年の研究によると、ストラディバリが活躍した17世紀は小氷期という地球規模の寒冷期で、バイオリンを作るのに適した引き締まった木材が手に入りやすかった、という見解もあり、人工的により木材を引き締める技術に先述のCTスキャンによる設計図で、本物に近いバイオリンが再現された。
……が、まだ何かが足りないらしく、専門家はもちろんバイオリンを嗜んでいる程度のお笑い芸人も本物のストラディバリウスの音色を当ててしまっている(NHKのチコちゃんに叱られるより)。
誇張でもなんでもなく人類のロストテクノロジーの一つなのである。
と、ここまで持ち上げてきたが、ストラディバリウスに関しては近年その神話性をぶち壊しにするある衝撃的な実験結果が報告されている。
それはズバリ、現代のバイオリンと比べて別に音がいい訳ではない、どころかむしろ現代バイオリンの方が音がいいものが多いという内容である。
この実験は2010年にインディアナポリスで、2012年にヴァンセンヌで行われ、それぞれ徹底した二重盲検で演奏者と聴衆双方が今使っているバイオリンが何なのか分からなくしたうえで、ストラディバリウス含むヴィンテージバイオリンと現代のバイオリンを演奏して比較した。
すると、なんと演奏者も聴衆も揃って現代の新作バイオリンの多くに得点を高くつけたのである。特に2010年のテストでは最も悪い楽器だとして多くの演奏者からマイナス評価を付けられたのはよりにもよってストラディバリウスの一本だった。
また、2012年の実験においては「今弾いている楽器は新作楽器かビンテージ楽器か」を当てるテストも実施されたが、演奏者は今演奏している楽器がビンテージか新作かを区別することが出来なかった。
以上を以て、ストラディバリウスは現代においても突出した存在という訳ではないと結論付けられたのである(もっとも、決して音が悪かったわけではないので、むしろ製作技術の進歩した現代のバイオリンと渡り合えたことを褒めるべきなのかもしれないが)。
ストラディバリウスが1/100の価値の現代バイオリン(それでも最高級ではあるが)に敗れたという結果は、既に現代のバイオリン製作技術はストラディバリウスのそれを超えているという事と、たとえプロであろうとも逃れられないほど思い込みの力は強いという事実を示唆したと言えよう。