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No_More_FUKUSHIMA

もうげんぱつはいらない

現在なお進行形の東京電力福島第一原子力発電所事故と、それに端を発する反原発運動に関するイラストに貼られるタグ
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防げた「未曾有の大惨事」

津波の想定は僅か5.3m
福島第一原子力発電所の想定津波は設置時で満潮潮位+3.3mだった。後に改善されたが、それでも5.3mでしかなかった。これは明治以降の近代観測が開始されてから、福島県浜通り一帯では2mを越す津波が観測されていないことが理由だった。

だが、さらに過去に遡ると6mを越す津波が記録されている。だが、東京電力は「数百年に一度起きるかどうかの災害に備えることは、コストパフォーマンスに見合わない」という理由で度外視したのだ。(事実、備えるにしてもその費用も維持コストもかなりのものとなり、当然その経費は電気料金にも影響を与える。ちなみに備え云々に関してクレームは多々あるが、かといって高い金を出して備えておいて何も起きなければ利用者は「無駄遣い」とクレームをつけるのも現実。)

最悪の想定すら越える津波
対照的だったのが、東北電力女川原子力発電所である。東北電力は設置にあたって歴史的文献を徹底的に分析し、その結果最悪の津波は9.1mと推定し、さらにマージンをとって敷地を海抜14.8mに嵩上げして建設した。だが、実際に発生した津波は13mであり、東北電力が想定した最悪の津波以上の規模であった。女川原発は敷地の一部に浸水したものの、嵩上げのおかげで致命的なダメージを受けることはなかった。原発の施設は頑丈に作られていたため、壊滅した女川市街の住民の避難所として活用された。

一方、茨城県東海村沿岸もそれほど大きな津波の観測記録が残っていない地域だった。日本原子力発電東海第二発電所の防潮堤は5.6mであり福島第一とほとんど変わらなかった。しかし、防潮堤内部をさらに隔壁で細分化することで、万一潮位が防潮堤を超えた場合でも、その破壊力を漸減すると共に、冷却系及び非常用の機器が全て喪われるリスクを回避する設計になっていた。それでも、想定を越える津波により冷却ポンプ3台全てが水没。水没した深さが浅かったため、ポンプが全滅する最悪の事態は辛うじて逃れた。

結局、東京電力のいう「想定外」の「想定」とは、コストパフォーマンスに重きを置いた都合の良い「想定」でしかなかったのだ。

最悪の事態を想定して設計された女川原子力発電所や東海第二発電所ですら、その最悪の想定を越える津波に見舞われた。だが、現実として両発電所は最悪の事態を避けえた。それはなぜか?

欠陥原発Mark.I
福島第一原発は、6号機を除き、ゼネラル・エレクトリック社(以下GE)製のMark.IというBWR(沸騰水型軽水炉)を使用していた。だが、このMark.Iは数字が示すとおりGE製のもっとも古い原発で、アメリカ本国でも安全性に疑問をもたれていた。主な点としては、

  • 格納容器の容積が小さく、かつ密閉性が限定的であること。
  • 使用済み燃料プールの位置が高く、かつ密閉が出来ない構造であること。
  • 格納容器の内部からの圧力による破壊に対する対策がないこと。
  • 格納容器下部にメルトダウンに備えた注水部分、及びコンクリート強度部分がないこと。
  • 非常用設備が建屋から露出して置かれていること

これらはGEの後継機種であるMark.IIとMark.IIIの開発の途上で認められたもので、アメリカ本国ではMark.Iを保有する発電会社による「Mark.I オーナーズクラブ」が組織され、情報が共有化された。米本国のMark.I原発には、全て水による除染プールを通過して排気される圧力逃し弁が取り付けられた。この圧力逃し弁はパッシブ方式で、格納容器内の圧力が異常値に達すると電源がなくとも開く仕組みになっている。また、日本とは比べものにならない竜巻の被害から逃れるため、非常用設備をコンクリート建屋で覆う工事も施された。Mark.IIとMark.IIIでは最初からコンクリート建屋で抱え込む構造になっている。東海第二ではまさにまさにこれがアキレス腱をつないだ。

だが、東京電力はGE及び「Mark.Iオーナーズクラブ」の勧告にも関わらず、自身の保有する福島第一原発には簡便な電磁作動式の圧力逃し弁を取り付けてお茶を濁しただけだった。
女川原発と東海第二はMark.IIである。ここでも明暗を分けた。

そもそも諸外国ではBWR自体の安全評価が低い。世界的に主流な西側型原発はウェスティングハウス(以下WH)社製PWR(加圧水型軽水炉)である。このPWRは沸騰しないよう加圧された一次冷却水が二次冷却水を沸騰させる仕組みであり、汚染された一次冷却水は格納容器内でクローズしている。またWH型PWRは万一の電源喪失時にも、自然対流で一次冷却水がある程度循環する、錘で制御棒が自動的に挿入される、平時にコンプレッサーで空気を圧縮しておき電源喪失時に一次冷却水の圧力を確保する、など、今回の事故の原因になった「ステーション・ブラックアウト」にも備えている(TMI事故を起こしたPWRはハブコック&ウィルコックス社製で日本のWH・三菱重工型PWRとは何の関係もない)。

日本でも、日本原子力発電はMark.I型原発として敦賀発電所1号機を設置したが、これは現在解体作業中の東海発電所(GCR・黒鉛減速ガス冷却炉)に続いて2016年に廃炉になることが決定している。続いてMark.IIである東海第二を建設した。だが、その後日本原電が設置許可を申請している原発は全てPWRである。原子力政策の最先鋒であるが故「絶対に事故を起こせない」日本原電の判断がどこにあるのか推測は容易だろう。

現に2004年に発生した関西電力美浜原子力発電所2号機のタービン配管破断事故では、二次冷却水が喪失する事態になったが原子炉の破壊には至らなかった。

廃炉を恐れて後手後手の対応
原発は1基5000億~6000億円とされている。さらに、廃炉にも約1000億円の金額がかかるとされる。
この為、株式会社である東京電力が廃炉を渋り、官邸にまで都合の良いデータしか回さなかった結果、14日に1号機が水素爆発を起こし、その後ドミノ倒し的に状況が悪化した。

TMI事故を経験しているアメリカ、またチェルノブイリ事故を経験しているロシアウクライナは、震災直後から福島第一原発が危険な状態であることを予測していた。アメリカは直ちにホウ酸水溶液を炉内に注入して安定冷却を図るよう通告した。またウクライナは水素爆発の危険性を回避する為、錫を冷却材として注入するよう通告してきた。
だが、これらの緊急冷却処置は原子炉の機能を破壊し、最終的には廃炉しかなくなるため、東京電力は実行を突っぱねたのである。
この時点では原発といえど民間資本の財産だったから、政府も東京電力の意思を無視することは出来なかった。
結果として1号機、続いて3号機で水素爆発。さらに2号機でサプレッションプール(圧力抑制室)が破壊された。
この期に及んでも東京電力は、福島第一、及び福島第二原発のモニタリングポストが津波で使用不可能になっていることをこれ幸いにとすっとぼけ続けようとしたが、この時点で女川原発のモニタリングポストが復旧済み、さらに東海第二のモニタリングポストも再起動したため誤魔化せなくなった。かつてソ連がチェルノブイリをすっとぼけようとして、スウェーデンの原発の管理施設にひっかかって隠しきれなくなったのと同じ構図である。
菅直人がブチきれたのも無理はない。

もう原発の電気は要らない

絶対安全」その言葉を信じて日本人は原発の設置を甘受してきた。だが、真実は「絶対安全」を図るどころか、個人商店以下の杜撰も良いところの管理で、結果未曾有の「人災」を引き起こした。
こんな管理しか出来ない原発の電気など誰が欲しいと思うだろうか。まぁ新宿のツインタワーのてっぺんに1人いるという話もあるが。
都内で放射性物質の降下が確認されて以降、日本国内の原発バッシング・電力会社バッシングは留まるところを知らない。
4月10日に開催された『超巨大反原発ロックフェスデモ in 高円寺 「被災地支援義援金集め&原発いい加減にしろ!」超巨大反原発ロックフェスデモ』には約1万5千人が参加した。また東京電力本店前には連日1000人規模のデモ隊が押し寄せている。東京電力PR館にはラッカーで「反原発」と落書きされた。東京スポーツの最終面はもはや指定席である。
諸外国ではすでに「フクシマ」は「スリーマイル」「チェルノブイリ」に続く核惨事の現場として定着してしまっている。
もはや電力会社の再編と電力政策・原子力政策の転換は避けて通れない道である。そうでなければ首都圏一帯で暴動が起きるだろう。
よく勘違いされているが、日本人は決して大人しい民族ではない。それどころか電車が動かないことに腹を立てて首都機能を丸1日麻痺させる暴動を起こした過激な民族である。お咎めなしは許されない。

言いたい放題言うのは勝手だが・・・

上に書いた通り、備えというのはコストが高くつく。
高い金をかけて備えて何も起きなければ「無駄遣い」呼ばわりされ、かといってそう言われないように企業なりに妥協点を見出して備えた結果、それを上回る災害に見舞われれば「楽観視」とド素人(国民)は日和見で好き放題喚き立てる。
そもそも「安全神話」も一種の「無辜の怪物」であり、堕落の果てにその安全神話に縋り続けていたのもまた事実である。
言い方を変えれば、原発事故に限らず自然災害に起因する様々な事故や事件を己の不理解、無寛容によって混乱や混迷、泥沼化に導いたのは国民だ。
要するにこれらの案件は単に企業や政府、国などの偉い方の責任にしておけば万事解決とは決してなりえない。これは国民一人一人にも責任の一端があり、言い方は悪いが国民一人一人の不義不徳の一種の報いでもある。それを自覚し、一時の流行りに流されることなく理性と多角的な視野をもち、変革していかなければ形は変われど本質が同じ事態が何回でも繰り返される。
現状では、まるで「反原発」を唱えることが一種の「常識」や「ステータス」であるかのごとく現実を都合の良いようにしか見ようとせず、その果てに起こり得る問題や課題に関しては一切責任を持とうとしないばかりか、最早筋違いともいえる言いたい放題が横行しつつある状態が続いている。
頭ごなしに原発に対してアナフィラキシーショックを起こすのではなく、そのメリットとデメリットの両方と正面から向き合い、過度に依存することなく、かつ悪戯に忌避することなく、「うまく付き合っていく」事こそが「考える葦」たる人類の進むべき道ではないのだろうか?

最後にこの言葉を贈る

声高らかに唱える意見だけが意見ではない。例えばそこまで原発を忌避していない人たちは特に何も言っていない。


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東京電力 福島第一原子力発電所 でんこちゃん
東北電力 女川原子力発電所 女川町の奇跡 アイスちゃん
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水野倫之

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