立烏帽子とは、
ここでは2.について述べる。
概要
祇園祭の山鉾「鈴鹿山」の御神体として有名な鈴鹿権現(瀬織津比売)退治した悪摩或いは鬼の立ゑぼしとして伝承に登場する。
平安時代の鈴鹿山では盗賊が横行した事で鬼の棲み家とされた。立烏帽子の名前は鈴鹿山の盗賊として登場し、立烏帽子が崇敬していた女神が鈴鹿姫前であった。
鈴鹿姫伝説と坂上田村麻呂伝説が組み合わさって御伽草子「田村の草子」や鈴鹿の草子が誕生した。
本来は立烏帽子と鈴鹿御前は別人物であるが、同一人物として流布されるのは江戸時代の東北地方で奥浄瑠璃田村三代記に登場してからとなる。
田村三代記では第四天魔王の娘立烏帽子として、鈴鹿御前の役回りを当てられている。
なお鬼や盗賊として登場する場合に立烏帽子の名前であるのは、鈴鹿御前(鈴鹿権現、鈴鹿姫、瀬織津比売)を御神体として祀る神社があり氏子に信仰されていたためと考えられる。
創作においても、本来は神である鈴鹿御前を鬼として扱う際には立烏帽子の名前を用いることで敬意を表すことが望ましい。