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新免無二斎の編集履歴

2022-03-16 00:18:48 バージョン

新免無二斎

しんめんむにさい

安土桃山時代の武芸者。宮本武蔵の父、あるいは養父とされる。

概要

別名新免無二。生没年不詳。

初めてその名が歴史に出たのは宮本武蔵の養子・宮本伊織が記した『小倉碑文』である。同碑文においては「武蔵の父・新免無二斎は十手術の達人である」と刻まれており、後に武蔵と鎬を削る吉岡流道場の先代吉岡憲法ライバル関係に当たり、征夷大将軍足利義昭御前試合において憲法を破ったとされる。


そのため無二は武蔵の実父であるというのが現在の定説であるが、『二天記』等の記載においては血縁の無い養子(にしても同じ新免家だか平田家だかの末裔であったことに変わりはあるまい)とされている。


黒田官兵衛に仕えていたらしく、昔は吉川英治小説などを皮切りに「武蔵は関ヶ原の戦いにおいて西軍明石全登の軍にいたが、敗北したため徳川方から追われる身となった」などとよく言われていたが、現在では無二が黒田方=東軍に属していたことはほぼ確定となっており、武蔵も黒田方に付いていたというのが定説となっている。


基本的に武蔵とは不仲であったとされているが、よく語られる「武蔵に幼い頃から虐待を行い、武蔵から楊子を削っているのをバカにされただけで短刀を投げ付けた」などという話は後世の創作である。

後に武蔵が使えることとなる細川家の家臣・沼田家が記した『沼田家記』(寛文12年=1672年著)においては、巌流島の戦いのあと巌流一門から追われる身となった武蔵を豊後に匿ったとされている。


創作に関して

ピンで出てくることはまずありえず、ほぼ全ての作品において武蔵からは徹底的に嫌われている。また大体の作品においては消息すら明かされていない事が一般的であり、既に過去の人扱いされていることも…。


バガボンド

メイン画像のヒゲ男。

御前試合の後、疑心暗鬼に陥り武蔵にまで訝しみの念を生じるようになり、行方をくらます。


Fate/GrandOrder

武蔵の発言内にのみ登場。

同作の武蔵は女性であったことから生まれた事すら認めたくなかった程に嫌っており、男として育てた。そういうこともあってか、武蔵は名前を挙げられただけで嫌悪感を露にしているほど嫌っている一方で、その類稀なる剣技を「通過点」と見定めている。


関連項目

武士 武芸者 達人 剣聖


赤松氏:先祖

村上源氏:さらに先祖

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