概要
父は農林省の官僚から衆議院議員に転身し、文部大臣を勤めた谷垣専一。外祖父は影佐禎昭陸軍中将。
麻布高等学校卒業後、一年の浪人期間を経て東京大学に入学。東大ではサイクリングや山登りなどの趣味に没頭した結果、通常四年のところ八年在籍して法学部を卒業。その後、父の秘書を続けながら司法試験を数回受験して合格。
その後弁護士として活動中、父の急死でその地盤を継ぎ、1983年の補欠選挙で当選。(この時、自民党所属の野中広務も同時当選。)父が所属した派閥である宏池会に長年の間所属(2012年の総裁退任後は宏池会には戻らず)。自民党内で政策通の政治家として活動し、主に財政関係の分野で活躍。
2000年に起きた森内閣の倒閣運動であるいわゆる加藤の乱では、倒閣の中心人物で宏池会の領袖でもあった加藤紘一が内閣不信任案の賛成票を単独で投じようとしたところ、「加藤先生大将なんだから、一人で突撃なんてダメですよ!」と涙ながらに止めたことがあった。その場面が谷垣の人物紹介の際に必ず触れられるシーンとしてしばしば紹介される。
2001年に総理大臣となった小泉純一郎に重用され、国家公安委員会委員長、財務大臣を歴任。この時の活躍から、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎らと共に小泉退陣後の次期総裁候補として数えられる様になり安倍、福田、麻生らが総裁を歴任した後の2009年に自由民主党総裁に選出された。
2012年の任期満了に伴い、当初は総裁続投の意志を示していたが後に取り下げた。党内の長老グループが同じ執行部にある石原伸晃を推したことなどが原因とみられている。後任の総裁には安倍晋三が選出され、衆議院議員選挙の後に組閣された安倍内閣で法務大臣に任命された。