VP70
ふぁうぺーずぃーぷつぃひ
概要
この自動拳銃の開発秘話は、1944年までさかのぼることができる。
当時のドイツは、連合国軍のたび重なる空爆により、世界有数の工業力が低下の一途をたどっていた。
そんな中、ドイツ戦争省は低下した工業力でも生産できる、低資源で省力化された簡易兵器《フォルクス・バッフェン:人民兵器》の開発を、国内の各小火器メーカーに指示した。
そんな中、当時の主力小銃のKar98kを製造していたマウザー社は拳銃からライフル、マシンガンに至るすべての兵器の簡素化の研究を行っていた。その中の拳銃担当の技術者が戦後に、仲間の技術者と共にH&K社を起ち上げる事となる。
当時のVP70のコンセプトは、スチール版をプレス加工を最大限利用したパーツ構成で、発射ガスの一部をスライド内部に吹き付けてブローバックを遅らせるという、H&K P7にも通じる作動方式だった。
何度も試行錯誤が繰り返されたが、試作品が製造されたころにはすでに敗戦を迎えていたのであった。
そして時は流れて1968年、兵器購入予算をあまり取れない諸国向けの銃器を開発することを決定した。
戦前のフォルクス・バッフェンとの大きな違いは、材質の変更である。フレームをスチールからポリマーに変更した。(ポリマー素材の採用はグロック17より先)また、発射ガスを利用した機能の省略された。
しかし、それ以外機構は戦前のそれとは変わっていない。
さらに、ホルスターを兼用したストックを装着することで3点バースト射撃も行える。
VP70は、中東やアフリカ、中南米諸国の軍、警察に売り込みを図られた。しかし、まとまった数を輸入したのはモロッコの治安部隊だけだった。
一般向けに3点バースト機能を省略したVP70Zも発売されたが、部品を省略させたためスライドとトリガーが重くて引きにくい、扱いづらい銃と評価されてしまった。
何度も改良が施されたが88年に生産打ち切りとなった上に、安くて扱いやすい銃としてグロックが大ヒットを納めたため、変わり種銃として歴史の闇に埋没してしまったのであった。