右投左打の三塁手、一塁手。毎年3割30本近い成績を残すスラッガー。バットを立てて構える独特のバッティングフォームがマネしやすい。
略歴
1997年に日本ハムファイターズに入団。入団当時はキャッチャーだった。
2006年の北海道移転後初の日本一の年にはシーズンMVPを受賞。その年のオフに読売ジャイアンツに移籍。2年連続でMVPを受賞した。
だが、徐々に出場機会が減少。2012年の契約更改の際、日本プロ野球史上最大の減額となる3億6000万円減の年俸7000万円で更改したことは大きな話題となった。
2013年はたった2打席、代打での出場にとどまったが、6月5日の対日本ハム戦(東京ドーム)では延長11回裏ノーアウトニ、三塁の場面で代打で出場し、増井浩俊からサヨナラ3ラン本塁打を放っている。(小笠原のホームランは約2年ぶりのことであった)
ホームランを放った約2週間後に一軍登録を抹消され、日本シリーズ出場を逃した。シーズン終了後の11月10日にFA宣言する意思を表明。中日ドラゴンズが獲得を発表した。
日本ハム時代のイラスト
日本ハム時代はひげを蓄えた風貌が特徴的で、北海道移転後には「北のサムライ」とも呼ばれていた。規則の厳しい巨人移籍後も特例でひげは残してよいと言われていたが、自分から剃ったという。2014年からプレーする中日ドラゴンズではひげは伸ばしてもよいと言われたが、小笠原自身は「(ひげは)伸ばしたければ伸ばすし、そのままがよければそのままにしとく」と言った。
巨人時代のイラスト