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マンハッタンカフェの編集履歴

2022-06-15 11:13:17 バージョン

マンハッタンカフェ

まんはったんかふぇ

かつて日本中央競馬会(JRA)に所属していた元競走馬・種牡馬(1998-2015)。主な勝ち鞍は2001年の菊花賞・有馬記念、2002年の天皇賞(春)。

誘導

  1. 競走馬
  2. 1をモチーフとしたウマ娘プリティーダービーに登場するウマ娘。→マンハッタンカフェ(ウマ娘)

こちらでは1に関して解説をする。2に関してはリンク先のタグを使用する事を推奨。


概要

生年月日1998年3月5日
英字表記Manhattan Cafe
性別
毛色青鹿毛
サンデーサイレンス
サトルチェンジ
母の父Law Society
競走成績12戦6勝
近親エアスマップ(半兄) ビワハイジ(近親)

2001年菊花賞有馬記念など優勝。

2002年天皇賞(春)優勝、凱旋門賞に出走するが屈腱炎を発症し13着。

2003年シーズンから種牡馬。2009年リーディングサイアー。

2015年8月13日に17歳で死去した。


生涯

2001年(3歳)の1月にデビュー。

調教師サクラバクシンオーなどサクラ軍団の主戦騎手として知られた小島太

主戦騎手蛯名正義(12戦中10戦)。




2戦目の新馬戦に勝利し、弥生賞(GⅡ)に駒を進めるもアグネスタキオンの4着に敗れる。

次のアザレア賞(騎手は河内洋)で11着に敗れたことで、皐月賞にも日本ダービーにも

出られなかった。


騎手が再び蛯名に戻った富良野特別を1着で飾ると、その勢いのまま、かつてステイゴールドが勝利した阿寒湖特別にも勝利する。


秋初戦のセントライト記念(GⅡ。騎手は二本柳壮)は4着になったが、菊花賞(以降は引退まで蛯名が乗る)を勝利しGⅠ初勝利を飾る、夏の上り馬となった。

続いて陣営は有馬記念を選択。このレースで引退するテイエムオペラオーメイショウドトウを下し、GⅠ連勝を飾った。


ちなみに2着に入ったのはアメリカンボスで、この年に発生したアメリカ同時多発テロになぞらえたサイン馬券となった。

GⅠを2勝したものの、最優秀3歳牡馬は日本ダービージャパンカップを制したジャングルポケット(年度代表馬も受賞)に奪われた。


2002年は日経賞(GⅡ)からスタートするが6着に沈む。

天皇賞(春)ではジャングルポケットを退け優勝し、GⅠ3勝目を挙げた。

そして、最大目標であった凱旋門賞(フランス)に挑むため渡仏。しかし13着と大敗し、さらに屈腱炎を発症したことで引退し、種牡馬入り。


重賞勝利が全てGIのGIハンターだった。ちなみに管理した小島太調教師は現役騎手時代、菊花賞・有馬記念・天皇賞(春)をついに勝つことができなかったが、調教師として同馬をもって勝利を挙げることとなった。


種牡馬としては、天皇賞(春)を制したヒルノダムールや、秋華賞を制したレッドディザイアなどを輩出し、安定した成績を残していたが、2015年8月13日、腹腔内腫瘍のため17歳で死去した。


余談

容姿が父・サンデーサイレンスに非常に似ていたことで知られる。それを買われ、種牡馬時代の2004年、社台グループの創設者・吉田善哉氏の半生を題材としたドラマ「運命の出会い~サラブレッドにかけた夢~」にサンデーサイレンス役で出演した。


繁殖成績


産駒の種牡馬成績は近年苦しい状況だが、当馬は母父としての成績が目覚ましい。シニスターミニスターを父に持つテーオーケインズチャンピオンズカップを快勝し、中央G1初勝利を挙げている。どうやら父の良いところを引き出す傾向があるようだ。リーディングブルードメアサイアーランキングでは2022年現在、トップ10をキープし、半年間で33勝を挙げている。


外部リンク

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