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日本ダービー

にっぽんだーびー

競馬の重賞レースの中でも最高ランクに位置する「GI」レースのひとつ。
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名称について

正式名称は東京優駿であり日本ダービーは副題。だが一般的には日本ダービーの名称が広く知られている。
単純に「ダービー」だけだと様々なダービーが引っかかる。(例:ホームランダービー・クイズダービー等)なお、サッカーの対戦で用いられるダービーマッチは、競馬のダービーとは語源から一切関係ありません。
競馬のダービーも中央競馬の日本ダービー以外にも、地方競馬でも多くのダービーが施行されており、
毎年7月には3歳ダート馬の頂上決定戦であるジャパンダートダービーが大井競馬場で開催されている。

概要

イギリスで行われているダービーステークスをもととして、1932年に創設された重賞競走である。
出走条件は3歳の牡馬牝馬であり、文字通り3歳馬の頂点を決めるレースである。皐月賞菊花賞と並び、クラシック三冠を構成している。
7000頭以上の3歳馬の頂点になるということは、競走馬だけでなく、騎手馬主調教師全ての夢であると同時に、果てなく難しい目標である。
「ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になるより難しい」という言葉もあるほどである。
このレースを勝つには速さとスタミナ、そして何よりも「運」が大事であり、「最も幸運な馬が勝つ」と呼ばれている。
このレースに勝利した馬がこの世代の代表として秋シーズンで古馬との対決に臨んでいく。
有馬記念と並び、日本競馬最大のイベントであり、世間からの注目も高い競争である。

レース自体について

東京競馬場の芝コース2400mで施行されており、この体系は1934年に東京競馬場が目黒から現在の府中に変わって以来、一切変わっていない。
開催時期は毎年5月の最終週もしくは6月1日であり、よほどの事が起こらない限りずれることはない。
東京競馬場の改築があってもダービーの時期に被らないように行われる。

出走枠は18頭。その内皐月賞の1~4着・青葉賞の1~2着・プリンシバルステークスの1着馬には優先出走権が与えられ、
残る11枠は出走登録時の賞金順の上位11頭が選ばれる。
セン馬(アレを取った牡馬のこと)と未勝利馬は出ることはできないが、青葉賞には未勝利馬が出られるため、このレースで2着以内に入れば未勝利でダービーに出走することも出来る。
牝馬も出走できるのだが、ダービーの前週に同条件で施行される3歳牝馬GIオークスがあるため、出走してくることは稀。
しかし2007年にはウオッカが出走し、64年ぶりの牝馬によるダービー制覇を成し遂げた。過去牝馬でダービーを制したのは、ヒサトモクリフジ・ウオッカの3頭のみであり、偶然か全て4文字である。
地方馬や外国産馬に関しては時代によって予めクラシック登録を行わないと出走できなかった時もあった。オグリキャップもその1頭である。

主なステップレース

皐月賞(中山競馬場芝2000m):
三冠レースの一冠目。ダービーで好走するのは殆どがこのレースから直行してくる馬であり、ディープインパクトオルフェーヴル等の三冠馬もこのレースを勝ってここに進んできた。

青葉賞(東京競馬場芝2400m):
本番と同じ東京の2400mで施行されるGII競争だが、現時点ではこのレースからダービーを制した馬はおらず、2着が最高である。

プリンシバルステークス(東京競馬場芝2000m):
青葉賞同様東京で施行されるトライアル競争。

京都新聞杯(京都競馬場芝2200m):
優先出走権は得られないものの、関西で行われることから、関東への遠征を嫌った馬が出走枠に入るため、このレースで賞金を上乗せしてくる事が多い。

NHKマイルカップ(東京競馬場芝1600m):
皐月賞を回避してこのレースからダービーへ向かう馬も多い。NHKマイルカップとダービーの変則二冠馬も過去に2頭出ている(2004年のキングカメハメハ・2008年のディープスカイ)

過去の優勝馬

年度馬名騎手備考
1932年ワカタカ函館孫作記念すべき第1回の勝ち馬
1937年ヒサトモ中島時一初の牝馬のダービー制覇
1941年セントライト小西喜蔵初のクラシック三冠馬
1943年クリフジ前田長吉史上二頭目の牝馬のダービー馬。
1949年タチカゼ近藤武夫単勝支持率554.3倍はダービー史上最も低い支持率
1951年トキノミノル岩下密政このレースの17日後に破傷風で死去。幻の馬と呼ばれた
1964年シンザン栗田勝史上二頭目のクラシック三冠馬
1973年タケホープ嶋田功当時大人気だったハイセイコーを降す。のちに菊花賞も勝利
1983年ミスターシービー吉永正人史上三頭目のクラシック三冠馬
1984年シンボリルドルフ岡部幸雄史上四頭目のクラシック三冠馬
1990年アイネスフウジン中野栄治観衆19万6000人はダービー史上最多
1994年ナリタブライアン南井克己史上5頭目のクラシック三冠馬
1998年スペシャルウィーク武豊武豊騎手初のダービー制覇
2001年ジャングルポケット角田晃一外国産馬の出走が可能になった初のダービー
2002年タニノギムレット武豊このレース後に故障で引退・後にウオッカとの父娘制覇を達成
2003年ネオユニヴァースミルコ・デムーロ外国人騎手として初のダービー制覇
2004年キングカメハメハ安藤勝己NHKマイルカップとの変則二冠・勝ち時計2:23:3は当時のダービーレコード
2005年ディープインパクト武豊無敗の三冠馬・GI7勝・単勝支持率1.1倍は歴代最高支持率。
2006年メイショウサムソン石橋守二冠馬・GI4勝
2007年ウオッカ四位洋文タニノギムレットとの父娘制覇・GI7勝
2008年ディープスカイ四位洋文NHKマイルカップとの変則二冠
2009年ロジユニヴァース横山典弘ネオユニヴァースとの父子制覇・12年ぶりの関東馬のダービー制覇
2010年エイシンフラッシュ内田博幸騎手・馬主・調教師共に初制覇。2012年に天皇賞秋を制覇
2011年オルフェーヴル池添謙一三冠馬。GI6勝・凱旋門賞2年連続2着
2012年ディープブリランテ岩田康成ディープインパクトとの父子制覇。騎手・調教師共にダービー初制覇。
2013年キズナ武豊現役馬。重賞3勝 武騎手はこれでダービー5勝目。ディープインパクトとの父子制覇であり、両馬とも武騎手が鞍上している。
2014年ワンアンドオンリー横山典弘ハーツクライ産駒初のダービー馬。管理する橋口調教師はこれまで4度ダービー2着を経験してきたが、初のダービー制覇となった。ちなみに橋口調教師は2004年のダービー2着馬ハーツクライの調教師でもある。また、ワンアンドオンリーとその馬主。そして横山騎手は誕生日が同じ2月23日である。
2015年ドゥラメンテミルコ・デムーロ皐月賞との二冠達成。2004年のダービー馬キングカメハメハの子であり、勝ち時計は父が記録したダービーレコードを0.1秒更新する2:23:2。
2016年マカヒキ川田将雅馬主である金子真人氏はこれでダービー3勝目。父ディープインパクトも金子氏が所有していた競走馬である。




pixivにおける日本ダービー

競馬擬人化ネタでタグに使用される事が多い。また、勝利した騎手の絵にも付けられることもある。

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