ピクシブ百科事典は2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

概要

1983年にヒーローズレーシングから独立した元日産自動車専属のレーシングドライバーの星野一義(以降他の関係者も合わせて敬称略)が、自らのレーシングチームとして有限会社ホシノレーシングを設立。

本社以外の重要拠点を静岡県御殿場市に置く。

現在日本のレーシングチームの中でも人気の高いチームのひとつである。

主な参戦大会

  • 全日本F2選手権
  • 全日本F3000選手権
  • フォーミュラ・ニッポン
  • スーパーフォーミュラ
  • 全日本耐久選手権
  • 全日本ツーリングカー選手権
  • 全日本GT選手権
  • SUPER GT

SUPER GTにおいては前身の全日本GT選手権時代を含めて唯一全レースに出場し続けているチームでもある。

全日本F2選手権

1983年

No.2 LARK MILD 832/マーチ832・BMW 星野一義

1984年

No.1 LARK 842/マーチ842・BMW 星野一義

1985年

No.2 LARK 85J/マーチ85J・ホンダ 星野一義

1986年

No.2 BYZERO 86J HONDA/マーチ86J・ホンダ 星野一義

全日本F3000選手権

1987年

No.1 マーチ87B/ホンダ・ローラT87/50/ホンダ 星野一義

1988年

No.1 ローラT88/50/無限 星野一義

1989年

No.1 ローラT89/50/無限 星野一義

1990年

No.19 ローラT90/50/無限 星野一義

1991年

No.1 ローラT91/50/無限 星野一義

1992年

No.19 ローラT92/50/無限 星野一義

1993年

No.19 ローラT92/50/フォード 星野一義

1994年

No.1 ローラT93/50/無限 星野一義

1995年

No.19 ローラT95/50/無限 星野一義

No.15 ローラT94/50/無限 鈴木利男

全日本選手権フォーミュラ・ニッポン

1996年

かもめサービス RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #1 鈴木利男

カルソニック RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 星野一義

1997年

TEAM IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦

1998年

MAZIORA TEAM IMPUL (ローラT98/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦

1999年

BE BRIDES IMPUL (ローラB99/51→レイナード99L・無限MF308) #19 影山正美/#20 野田英樹

2000年

TEAM IMPUL (レイナード99L・無限MF308) #19 本山哲

2001年

excite TEAM IMPUL (レイナード01L/99L・無限MF308) #19 本山哲/#20 ナレイン・カーティケヤン

2002年

XBOX TEAM IMPUL (レイナード01L・無限MF308) #1 本山哲/#2 ミハエル・クルム(第1・2戦)

2003年

TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 本山哲/#20 ブノワ・トレルイエ

2004年

mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治

2005年

mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治

arting RACING TEAM with IMPUL (ローラB351・無限MF308) #23 本山哲

2006年

arting RACING TEAM with IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 本山哲/#2 星野一樹

mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 松田次生

2007年

mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 ブノワ・トレルイエ/#2 松田次生

Arabian Oasis TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 本山哲/#20 ミハエル・クルム

2008年

LAWSON TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ

TP Checker TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #20 平手晃平

2009年

LAWSON TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ

ahead TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #20 平手晃平

2010年

Mobil 1 TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 平手晃平

2011年

TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #1 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#2 平手晃平

2011年

TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生

2012年

TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生

全日本選手権スーパーフォーミュラ

2013年

Lenovo TEAM IMPUL (SF13・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生

富士GC

1983年

No.1MCSⅣ(マーチ822)/BMW 星野一義

1984年

No.19MCSV(マーチ832)/BMW 星野一義

1985年

No.1MCSⅥ(マーチ842)/BMW 星野一義

1986年

No.1MCS7(マーチ85J)/BMW 星野一義

1987年

No.1MCS7改(マーチ86B)/フォード 星野一義

1988年

No.1MCS8(マーチ88GC)/無限・MCS8(ローラT88/50)/無限 星野一義

1989年

No.19セルモ89Ge(ローラT89/50)/無限 星野一義

全日本F3選手権

1985年

No.22 ラルトRT30/日産 佐野和志

1988年

No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦

1989年

No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦

1990年

No.30 ラルトRT33/無限 近藤真彦

1991年

No.19 ラルトRT35/無限 金石勝智

1992年

No.19 ラルトRT35/無限 高村一明

全日本耐久選手権・全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)

1983年

No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光

1984年

No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光

1985年

No.28 マーチ83G/日産・マーチ85G/日産 星野一義/松本恵二/萩原光

1986年

No.23 マーチ86G/日産 星野一義/萩原光/中子修

1987年

No.23 マーチ87G/日産・マーチ86G/日産 星野一義/高橋健二

全日本ツーリングカー選手権(JTC)

1987年

No.6 R30スカイラインRSターボ 北野元/影山正彦

1988年

No.12 R31スカイラインGTS-R 和田孝夫/北野元

1989年

No.12 R31スカイラインGTS-R 星野一義/北野元

1990年

No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男

1991年

No.1 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男

1992年

No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦

1993年

No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦

全日本ツーリングカー選手権(JTCC)

1994年

No.12 P10プリメーラ 星野一義

1995年

No.12 P10プリメーラ 星野一義

1996年

No.12 P11プリメーラ 星野一義

1997年

No.12 P11プリメーラ 星野一義

全日本GT選手権(JGTC)

1994年

No.12 R32スカイラインGT-R 影山正彦

1995年

No.1 R33スカイラインGT-R 影山正彦

1996年

No.1 R33スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦

No.12 S14シルビア 本山哲/水野文則

1997年

No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/本山哲

1998年

No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/黒澤琢弥

1999年

No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/影山正美

2000年

No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲

2001年

No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲

2002年

No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/田中哲也/ブノワ・トレルイエ

2003年

No.12 R34スカイラインGT-R ブノワ・トレルイエ/井出有治

2004年

No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/井出有治

SUPER GT

2005年

No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/井出有治

2006年

No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/星野一樹/ジェレミー・デュフォア

2007年

No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/星野一樹/ジェレミー・デュフォア

2008年

No.12 R35GT-R 松田次生/セバスチャン・フィリップ

2009年

No.12 R35GT-R 松田次生/セバスチャン・フィリップ

2010年

No.12 R35GT-R 松田次生/ロニー・クインタレッリ

主なメインスポンサー

フィリップモリス(LARK)

1983年〜1985年 F2、GC

日本ラジヱータ→カルソニック(現・カルソニックカンセイ)

1982年〜  SS、耐久、JTC(88年~)、JTCC、JGTC、SGT、フォーミュラ・ニッポン(96年)

大沢商会(BYZERO)

1986年  F2、GC

LEYTON HOUSE

1987年  F3000、GC、JTC

日本たばこ産業(CABIN)

1988年〜1992年 F3000、GC

日本石油(現・新日本石油)

1993年〜1995年 F3000

日本ペイント(MAZIORA)

1998年 フォーミュラ・ニッポン

エキサイト

2001年 フォーミュラ・ニッポン

マイクロソフト(XBOX)

2002年 フォーミュラ・ニッポン

モバイルキャスト

2004年〜2007年 フォーミュラ・ニッポン

アーティング

2005年〜2006年 フォーミュラ・ニッポン

アラビアンオアシス

2007年 フォーミュラ・ニッポン

ローソン

2008年〜2009年 フォーミュラ・ニッポン

TP Checker

2008年 フォーミュラ・ニッポン

ahead

2009年 フォーミュラ・ニッポン

Mobil 1

2010年 フォーミュラ・ニッポン

Lenovo

2013年 スーパーフォーミュラ

カルソニックスカイライン

青のスカイラインとして星野一義/ホシノレーシングを、そして日本のレース界を象徴する存在と言える。初登場は1988年の全日本ツーリングカー選手権の日産・スカイラインGTS-R(R31型)。当時は星野はドライブしてなかった。翌89年から星野自身もドライブ。1990年には前年に発売されたスカイラインGT-R(R32型)を投入し、星野一義/鈴木利男組でシリーズチャンピオンに輝く。星野の闘志を前面に出したドライビングとR32スカイラインの他を圧倒する速さ・強さから、レースファンは車体色になぞらえて青鬼と呼んだ。

1993年に全日本GT選手権が発足すると、R32スカイラインで影山正彦をドライバーとし、1995年シーズンまで3年連続チャンピオン(1993年シーズンはニスモからのエントリー。95年からR33スカイラインに)に輝く。レギュレーションの変更により、95年途中からはそれまで監督だった星野一義もドライブするようになった。

星野と組んだドライバーは1989年が北野元、1990、91年が鈴木利男、1992年、93年(グループA)、1995,96年(GT)は影山正彦、1997、2000、2001年は本山哲、1998年は黒澤琢弥、1999年は影山正美がドライブしている。2002年には田中哲也と組んでいたが、シーズン途中に星野が引退表明し、田中哲也/ブノワ・トレルイエのコンビとなった。

翌2003年はトレルイエに井出有治を加え、シーズン2勝をあげる。2レース制が導入された富士と最終戦鈴鹿で勝ち、前年に販売終了となった関係で、この年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの有終の美を飾った。

全日本GT選手権参戦時のカーナンバーは、1993年に2番をつけてチャンピオンを獲ったため、1994年から2年間は1番をつけていたが、1996年にタイトルを逃すと、グループA時代からつけていた12番をつけている。

カルソニックインパルZ

NISMOは、2003年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの後継車種として、全日本GT選手権(SUPER GT)・GT500クラスのベースマシンをZ33型フェアレディZに変更した。その中のマシンの一台である。

2004年は井出有治、ブノワ・トレルイエのコンビで参戦し、前半は不運で泣くが、最終戦で優勝を飾る。2005年もこのコンビで参戦。2006年は井出有治がF1に進出。ブノワ・トレルイエのチームメイトに星野一義の息子である星野一樹がGT300からステップアップした。2006年はこの年からシリーズ戦に組み込まれた「Pokka鈴鹿1000km」でポールtoウィンを飾っている。2007年もブノワ・トレルイエ/星野一樹のコンビで参戦。2006年、2007年の鈴鹿1000kmレースでは第3ドライバーとしてジェレミー・デュフォアを登録した。

カルソニックIMPUL GT-R

2007年限りで参戦を終了したフェアレディZの後継車両として、また、日本のレース界を象徴する存在であるカルソニックスカイラインの再来として、R35型GT-R(スカイラインとは完全な独立車種)が2008年開幕戦より参戦している。 鈴鹿の開幕戦でスタート直後に第2コーナーで接触されスピンしリヤを大破させてしまうもなんとかコース復帰し松田はファステストラップを叩き出しポテンシャルの高さを見せ付けた。 続く第2戦の岡山ではセミウエットとウエットの間のような難しいコンディションの中2位でゴールし鈴鹿の因縁を晴らすことに成功した。 第6戦鈴鹿1000kmと最終戦富士を制し、シリーズ4位で2008年シーズンを終えた。

2009年シーズンはメインスポンサーから一時撤退したが、2010年には再び復帰、カルソニックブルーのGT-Rがサーキットを疾走し、レースを盛り上げている。

関連記事

親記事