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IMPUL

いんぱる

株式会社ホシノインパルは東京都世田谷区に本社を置く、元レーシングドライバーの星野一義が代表を務める日本の企業。社名の由来は英単語の「インパルス(impulse)」から。
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概要

1980年6月、星野一義とモトクロス時代のチームメイトで義弟(星野の妹の夫)でもある金子豊と共に設立。設立の目的は、星野がレースで必要とするパーツの開発・製造を行うと同時に、それらを一般に販売することでレース活動の資金を得ることであった。
主に日産車向けのエアロパーツやチューニングパーツの開発・販売を行っているほか、チューニング済みのコンプリートカー(完成車)の販売も行っており、星野と共に「IMPUL」ブランドの知名度向上にも貢献している。
また、星野が総監督を務めるレーシングチームで関連会社である有限会社ホシノレーシングの運営母体でもある(詳細は下記「ホシノレーシング」の節を参照)。

ホシノインパル製品

ガレージインパルはもちろん、一部車種を除き、全国の日産ディーラーでも注文・取付が可能である。
アルミホイール
サスペンション(オーリンズと共同開発)
エアロパーツ(2013年3月現在)
フーガ
スカイライン
セレナ
ノート
ジューク
ラティオ
パトロール
インフィニティFX
NV350キャラバン  他多数
ブレーキ(ブレーキパッド、ローター等)
シフトノブ
エンブレム
その他カスタマイズパーツ
完成車(販売終了分も含む)
IMPUL R32 GT-R Gr.A Version
IMPUL 650S/SE(Y50フーガベース)
IMPUL 933S Complete(フェアレディZベース)
IMPUL ELGRAND Complete(E52)
IMPUL BLUEBIRD SSS Complete(G11ブルーバードシルフィベース)
IMPUL CUBE Complete(Z12)
IMPUL JUKE Complete(F15)
IMPUL MARCH Complete(K13)
IMPUL NOTE Complete(E12)
IMPUL TIIDA/LATIO Complete(C11/SC11)  など
野球MLBニューヨーク・ヤンキースのイチロー外野手は、星野ファン・日産ファンであり、過去に、イチロー自身の愛車であるシーマやマーチのチューニングをIMPULにオーダーしたことがあり、現在在住しているアメリカにおいてもIMPULマーチを愛用している。

ホシノレーシング

概要

1983年にヒーローズレーシングから独立した星野が、自らのレーシングチームとして有限会社ホシノレーシングを設立。全日本F2選手権→全日本F3000選手権→フォーミュラ・ニッポン→スーパーフォーミュラと続く国内トップフォーミュラや全日本耐久選手権、全日本ツーリングカー選手権、全日本GT選手権→SUPER GT等に参戦をしている。
現在、日本のレーシングチームの中で人気の高いチームのひとつである。SUPER GTにおいては前身の全日本GT選手権時代を含めて唯一全レースに出場し続けているチームでもある。

全日本F2選手権

1983年
No.2 LARK MILD 832/マーチ832・BMW 星野一義
1984年
No.1 LARK 842/マーチ842・BMW 星野一義
1985年
No.2 LARK 85J/マーチ85J・ホンダ 星野一義
1986年
No.2 BYZERO 86J HONDA/マーチ86J・ホンダ 星野一義

全日本F3000選手権

1987年
No.1 マーチ87B/ホンダ・ローラT87/50/ホンダ 星野一義
1988年
No.1 ローラT88/50/無限 星野一義
1989年
No.1 ローラT89/50/無限 星野一義
1990年
No.19 ローラT90/50/無限 星野一義
1991年
No.1 ローラT91/50/無限 星野一義
1992年
No.19 ローラT92/50/無限 星野一義
1993年
No.19 ローラT92/50/フォード 星野一義
1994年
No.1 ローラT93/50/無限 星野一義
1995年
No.19 ローラT95/50/無限 星野一義
No.15 ローラT94/50/無限 鈴木利男

全日本選手権フォーミュラ・ニッポン

1996年
かもめサービス RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #1 鈴木利男
カルソニック RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 星野一義
1997年
TEAM IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦
1998年
MAZIORA TEAM IMPUL (ローラT98/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦
1999年
BE BRIDES IMPUL (ローラB99/51→レイナード99L・無限MF308) #19 影山正美/#20 野田英樹
2000年
TEAM IMPUL (レイナード99L・無限MF308) #19 本山哲
2001年
excite TEAM IMPUL (レイナード01L/99L・無限MF308) #19 本山哲/#20 ナレイン・カーティケヤン
2002年
XBOX TEAM IMPUL (レイナード01L・無限MF308) #1 本山哲/#2 ミハエル・クルム(第1・2戦)
2003年
TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 本山哲/#20 ブノワ・トレルイエ
2004年
mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治
2005年
mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治
arting RACING TEAM with IMPUL (ローラB351・無限MF308) #23 本山哲
2006年
arting RACING TEAM with IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 本山哲/#2 星野一樹
mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 松田次生
2007年
mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 ブノワ・トレルイエ/#2 松田次生
Arabian Oasis TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 本山哲/#20 ミハエル・クルム
2008年
LAWSON TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ
TP Checker TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #20 平手晃平
2009年
LAWSON TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ
ahead TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #20 平手晃平
2010年
Mobil 1 TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 平手晃平
2011年
TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #1 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#2 平手晃平
2011年
TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生
2012年
TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生

全日本選手権スーパーフォーミュラ

2013年
Lenovo TEAM IMPUL (SF13・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生

富士GC

1983年
No.1MCSⅣ(マーチ822)/BMW 星野一義
1984年
No.19MCSV(マーチ832)/BMW 星野一義
1985年
No.1MCSⅥ(マーチ842)/BMW 星野一義
1986年
No.1MCS7(マーチ85J)/BMW 星野一義
1987年
No.1MCS7改(マーチ86B)/フォード 星野一義
1988年
No.1MCS8(マーチ88GC)/無限・MCS8(ローラT88/50)/無限 星野一義
1989年
No.19セルモ89Ge(ローラT89/50)/無限 星野一義

全日本F3選手権

1985年
No.22 ラルトRT30/日産 佐野和志
1988年
No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦
1989年
No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦
1990年
No.30 ラルトRT33/無限 近藤真彦
1991年
No.19 ラルトRT35/無限 金石勝智
1992年
No.19 ラルトRT35/無限 高村一明

全日本耐久選手権・全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)

1983年
No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光
1984年
No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光
1985年
No.28 マーチ83G/日産・マーチ85G/日産 星野一義/松本恵二/萩原光
1986年
No.23 マーチ86G/日産 星野一義/萩原光/中子修
1987年
No.23 マーチ87G/日産・マーチ86G/日産 星野一義/高橋健二

全日本ツーリングカー選手権(JTC)

1987年
No.6 R30スカイラインRSターボ 北野元/影山正彦
1988年
No.12 R31スカイラインGTS-R 和田孝夫/北野元
1989年
No.12 R31スカイラインGTS-R 星野一義/北野元
1990年
No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男
1991年
No.1 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男
1992年
No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦
1993年
No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦

全日本ツーリングカー選手権(JTCC)

1994年
No.12 P10プリメーラ 星野一義
1995年
No.12 P10プリメーラ 星野一義
1996年
No.12 P11プリメーラ 星野一義
1997年
No.12 P11プリメーラ 星野一義

全日本GT選手権(JGTC)

1994年
No.12 R32スカイラインGT-R 影山正彦
1995年
No.1 R33スカイラインGT-R 影山正彦
1996年
No.1 R33スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦
No.12 S14シルビア 本山哲/水野文則
1997年
No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
1998年
No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/黒澤琢弥
1999年
No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/影山正美
2000年
No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
2001年
No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
2002年
No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/田中哲也/ブノワ・トレルイエ
2003年
No.12 R34スカイラインGT-R ブノワ・トレルイエ/井出有治
2004年
No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/井出有治

SUPER GT

2005年
No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/井出有治
2006年
No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/星野一樹/ジェレミー・デュフォア
2007年
No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/星野一樹/ジェレミー・デュフォア
2008年
No.12 R35GT-R 松田次生/セバスチャン・フィリップ
2009年
No.12 R35GT-R 松田次生/セバスチャン・フィリップ
2010年
No.12 R35GT-R 松田次生/ロニー・クインタレッリ

主なメインスポンサー

フィリップモリス(LARK)
1983年〜1985年 F2、GC
日本ラジヱータ→カルソニック(現・カルソニックカンセイ)
1982年〜  SS、耐久、JTC(88年~)、JTCC、JGTC、SGT、フォーミュラ・ニッポン(96年)
大沢商会(BYZERO)
1986年  F2、GC
LEYTON HOUSE
1987年  F3000、GC、JTC
日本たばこ産業(CABIN)
1988年〜1992年 F3000、GC
日本石油(現・新日本石油)
1993年〜1995年 F3000
日本ペイント(MAZIORA)
1998年 フォーミュラ・ニッポン
エキサイト
2001年 フォーミュラ・ニッポン
マイクロソフト(XBOX)
2002年 フォーミュラ・ニッポン
モバイルキャスト
2004年〜2007年 フォーミュラ・ニッポン
アーティング
2005年〜2006年 フォーミュラ・ニッポン
アラビアンオアシス
2007年 フォーミュラ・ニッポン
ローソン
2008年〜2009年 フォーミュラ・ニッポン
TP Checker
2008年 フォーミュラ・ニッポン
ahead
2009年 フォーミュラ・ニッポン
Mobil 1
2010年 フォーミュラ・ニッポン
Lenovo
2013年 スーパーフォーミュラ

カルソニックスカイライン

青のスカイラインとして星野一義/ホシノレーシングを、そして日本のレース界を象徴する存在と言える。初登場は1988年の全日本ツーリングカー選手権の日産・スカイラインGTS-R(R31型)。当時は星野はドライブしてなかった。翌89年から星野自身もドライブ。1990年には前年に発売されたスカイラインGT-R(R32型)を投入し、星野一義/鈴木利男組でシリーズチャンピオンに輝く。星野の闘志を前面に出したドライビングとR32スカイラインの他を圧倒する速さ・強さから、レースファンは車体色になぞらえて青鬼と呼んだ。
1993年に全日本GT選手権が発足すると、R32スカイラインで影山正彦をドライバーとし、1995年シーズンまで3年連続チャンピオン(1993年シーズンはニスモからのエントリー。95年からR33スカイラインに)に輝く。レギュレーションの変更により、95年途中からはそれまで監督だった星野一義もドライブするようになった。
星野と組んだドライバーは1989年が北野元、1990、91年が鈴木利男、1992年、93年(グループA)、1995,96年(GT)は影山正彦、1997、2000、2001年は本山哲、1998年は黒澤琢弥、1999年は影山正美がドライブしている。2002年には田中哲也と組んでいたが、シーズン途中に星野が引退表明し、田中哲也/ブノワ・トレルイエのコンビとなった。
翌2003年はトレルイエに井出有治を加え、シーズン2勝をあげる。2レース制が導入された富士と最終戦鈴鹿で勝ち、前年に販売終了となった関係で、この年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの有終の美を飾った。
全日本GT選手権参戦時のカーナンバーは、1993年に2番をつけてチャンピオンを獲ったため、1994年から2年間は1番をつけていたが、1996年にタイトルを逃すと、グループA時代からつけていた12番をつけている。

カルソニックインパルZ

NISMOは、2003年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの後継車種として、全日本GT選手権(SUPER GT)・GT500クラスのベースマシンをZ33型フェアレディZに変更した。その中のマシンの一台である。
2004年は井出有治、ブノワ・トレルイエのコンビで参戦し、前半は不運で泣くが、最終戦で優勝を飾る。2005年もこのコンビで参戦。2006年は井出有治がF1に進出。ブノワ・トレルイエのチームメイトに星野一義の息子である星野一樹がGT300からステップアップした。2006年はこの年からシリーズ戦に組み込まれた「Pokka鈴鹿1000km」でポールtoウィンを飾っている。2007年もブノワ・トレルイエ/星野一樹のコンビで参戦。2006年、2007年の鈴鹿1000kmレースでは第3ドライバーとしてジェレミー・デュフォアを登録した。

カルソニックIMPUL GT-R

2007年限りで参戦を終了したフェアレディZの後継車両として、また、日本のレース界を象徴する存在であるカルソニックスカイラインの再来として、R35型GT-Rが2008年開幕戦より参戦している。 鈴鹿の開幕戦でスタート直後に第2コーナーで接触されスピンしリヤを大破させてしまうもなんとかコース復帰し松田はファステストラップを叩き出しポテンシャルの高さを見せ付けた。 続く第2戦の岡山ではセミウエットとウエットの間のような難しいコンディションの中2位でゴールし鈴鹿の因縁を晴らすことに成功した。 第6戦鈴鹿1000kmと最終戦富士を制し、シリーズ4位で2008年シーズンを終えた。
2009年シーズンはメインスポンサーから一時撤退したが、2010年には再び復帰、カルソニックブルーのGT-Rがサーキットを疾走し、レースを盛り上げている。

外部リンク

IMPUL Official Web site
カルソニックカンセイ:モータースポーツ

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