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概要

日本の大手自動車メーカーで、三菱自動車ルノーとアライアンス(同盟)を組む。本社は横浜市

かつてはトヨタと並ぶ日本の二大自動車メーカーであり、19902000年代にはホンダとともに日本のビッグスリーと称された。

沿革

1911年『改進社自動車工場』として設立。何度か改名と合併を繰り返しながら、日立製作所、日立鉱山(ENEOSの源流)、日産火災海上保険(損保ジャパンの源流)などとともに新興財閥『日産コンツェルン』傘下に入り、1934年から日産自動車と名乗るようになった。

戦後高度経済成長期にはトヨタと激しく覇権を争い、「販売のトヨタ、技術の日産」と並び称された。トヨタには販売台数では負けていたが、当時の車好きからは日産のほうがいい車を作っているという評判で、国内レースでもトヨタを圧倒する場面が多く見られた。

1980年代に「インフィニティ」ブランドの立ち上げまでして推進した海外進出が不調に陥る。さらに「技術の日産」を推し進めるべくブチあげた「901運動」もバブル崩壊と被って採算が取れなくなり、経営危機に陥った。

こうしたことから1999年にフランスのルノーとアライアンスを結び、株持ち合いではあるがフランス会社法上ではルノーの連結子会社となった(ルノーが日産の44%、日産がルノーの15%〔フランス政府が第二次世界大戦後の「対ドイツ協力企業賠償」の名残で保有する15%を除くと実質17%〕の株式を保有)。ルノーが送りこんだカルロス・ゴーンCEOによって2万人のリストラや伝統ある村山工場の閉鎖を断行、数値目標を重視する「コミットメント」を徹底させることで驚異的な回復を見せ、2兆円あまりあった負債を完済し、一時国内シェア第2位の座を奪還した。

しかしゴーンが断行したリストラの代償は大きく、この時期にすぐに収益に結びつかない新技術の開発(ハイブリッドカーなど)を止めてしまったことに加え、過度のコミットメント重視は「技術の日産」を空洞化させる結果をもたらした。さらにセドリックグロリア)、ローレルブルーバードサニーと言った伝統のある車名をことごとく廃止した上、 パトカー教習車と言った特殊車両の生産からも撤退してしまったことから、古くからの日産党からは嘆きと不満の声が漏れた。

2010年ごろから日産は、成長性が頭打ちの国内市場を避けて伸び代のある海外市場にばかり注力するようになった。かつて日産のラインアップのボトムラインを担ったマーチは2010年のK13型からタイ生産の逆輸入車に切り替えられ、ティーダは2011年のC12型からは国内販売されなかった。2010年代は車種削減ばかりで国内での新車投入やフルモデルチェンジがあまりなく、キューブは12年にわたってモデルチェンジされないまま2020年に廃止された。こうして日産はズルズルと売り上げを落とし続け、軽自動車を得意とするダイハツスズキに抜かれ国内シェアは5位にまで転落した。

これに対抗するため、2006年にスズキからのOEM供給を受けて軽自動車に進出。さらに2011年には三菱自動車からスピンオフした軽自動車開発専門のジョイントベンチャーNMKVに出資し、三菱と共同開発した軽自動車を販売している。

2016年には三菱自動車の1/3超の株式を取得し、ルノー・日産・三菱アライアンスを結成した。

2018年には長年トップに君臨したカルロス・ゴーンが横領や特別背任など複数の罪状で逮捕され、会長を解任された。本件はフランスとの摩擦を生み、更に2019年末には保釈中のゴーンがレバノンに密出国・逃亡するという前代未聞の事件が発生した。また残された日産側も、ゴーンに代わった西川社長が同様の社費不正使用が発覚して辞任した上、それに代わって『トロイカ』と呼ばれる新たなスリートップ体制を形成しても、うち一人が他社に引き抜かれて一年しないうちに辞任するなど、未だ騒動の渦中にある。

こうしたお家騒動や日本国内での新型車投入ペースの遅さから、日産のニュースに明るい話題は多いとは言えないが、日本国内においても依然としてクーペセダンや商用車まで幅広いラインナップを堅持しており、数少なくなったフルラインナップメーカーの一つではあり続けている。

今も日産に期待する声は大きいことや、日本国内における新車投入が少ないことの裏返しで、日産が新車を投入すると話題が集中することが多い。最近は電動化を積極的に推し進めている。特に「新しい電気自動車のカタチ」と銘打ったシリーズ式ハイブリッドのe-POWERは市場で高く評価されており、これを原動力にノートが2017年登録車販売台数1位を勝ち取った。ノートは2021年にe-POWER専用エンジンを携えてフルモデルチェンジし、国内2大カー・オブ・ザ・イヤー(日本とRJC)の両方を勝ち取るという快挙を達成している。

最近の話題として、俳優伊藤かずえが所有しているシーマのレストアを行っている。2017年より、子会社のニッサン・モータースポーツ・インターナショナル株式会社(俗にNISMOと呼ばれる)がスカイラインGT-R(R32、R33、R34)の製造廃止となっていた純正部品の復刻販売を開始、2020年末よりレストアも開始した。

モータースポーツ活動

1960~80年代にはモータースポーツにも力を入れてきた。国内レースでは「打倒ポルシェ」を目指して作られた「R-38X」シリーズやGT-RシルエットフォーミュラでのBMW勢との仁義なき戦い、グループCでのポルシェ・トヨタとの死闘などはファンの間で語り継がれているが、何よりグループA時代のR32型スカイラインGT-RのJTC(全日本ツーリングカー選手権)49連勝は圧巻である。
海外レースでは、日本車メーカーとして初めてWRCサファリラリー)、WEC(WEC-JAPAN)でイベント優勝を飾った。他にも世界三大耐久の2つ(スパ24時間、デイトナ24時間)を制し、北米IMSA-GTPではポルシェ勢を破ってタイトルを3連覇している。そうした活躍とは裏腹に世界選手権でのタイトル経験は長らく無かったが、2010年FIA-GT世界選手権でようやく達成した。00年代にはパリダカにもワークス参戦したが、こちらはいいところ無く撤退している。

現在は日本最高峰のSUPERGTを中心に活動し、GT500クラスではトヨタ・ホンダとともに3強の一角を形成している。また最初はルノーからの看板の架替えという形ではあったが、「電気自動車F1」ことフォーミュラEにも参戦中である。

その他

1970~80年代にはテレビドラマ『大都会』シリーズ・『西部警察』シリーズ・『特捜最前線』・『あぶない刑事』シリーズなどに車輌提供をしている。

西部警察



近年では『相棒シリーズ』などのドラマにも車輛提供を行っている。

また自動車据え置き型無線電話(自動車電話)から発展して携帯電話が登場したという経緯もあった事から、日産もかつては携帯電話事業に携わっていた。
三大都市圏では京セラなどとの共同出資でツーカー(現在のauの源流のひとつ)を、それ以外の地域では日本テレコムとの合弁でデジタルツーカー(現在のソフトバンク)」をそれぞれ立ち上げていた。

しかし前述の通り日産本体が1990年代に経営悪化した事もあり、1999年にはどちらからも資本を引き揚げている。

関連イラスト

センシティブな作品
Be-1グループB仕様



記念日

毎年11月23日(イイニッサン)

関連項目

自動車 NISSAN ProPILOT e-POWER 
インフィニティ
 欧米メインで展開している高級車ブランド。
ニスモ
モータースポーツ部門を手がける子会社。
ダットサン
 1981年まで国内外で使用されていたブランド。2012年以降は新興市場向け専用ブランドとなっている。
プリンス自動車
 1965年に吸収合併し、スカイライングロリアの商標を引き継いでいる。
横浜F・マリノス
 Jリーグクラブ
横浜国際総合競技場
 施設命名権を保有し、「日産スタジアム」と命名

CM関連


著名な元在籍者

川越英隆 押本健彦 梵英心 青木高広 高崎健太郎 野上亮磨 熊代聖人
 日産自動車硬式野球部(2010年から休部)出身。
藤井将雄
 日産自動車九州硬式野球部(2010年から休部)出身。
長谷川健太
 日産自動車サッカー部(現横浜F・マリノス)出身。

その他

IMPUL
 アフターパーツを手掛ける。日産との直接のつながりこそないが、ここの商品は(原則)日産の販売店で取り扱っている。主に北米専売の日産車の逆輸入と日本国内法規対応、販売も手がけている。

これまでに販売された主な車種

軽自動車

※元々専門でなかった事から、量産車はほぼ全てが他社工場での生産である。

スズキ


三菱

NMKV(日産と三菱自動車の合弁会社)製

~1500cc


1500~2000cc


2000~3500cc


OVER 3500cc


電気自動車

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