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概要

毎年3月(または4月)にケニアを中心とした東アフリカで行われている。1953年に第1回大会が行われたという長い歴史を持つ。

サバンナの乾いた大地、しかも舗装のされてない道を走るので砂埃が舞ってしまう、そんな状況下で戦わなければならない。しかも雨が降るとぬかるんでしまうためスタックしてしまう車が続出する。コースになる道路を完全に封鎖できないのでリエゾンやスペシャルステージがなく、競技に参加していない自動車や歩行者にも気を配らなければならない、という様々な意味で壮絶で過酷なものである。
そういった意味ではラリーレイドに近い性質を持っており、一般的なラリーとは違うマシンが活躍する場合もしばしあった。

1973年に発足した世界ラリー選手権(WRC)のプログラムとなり、モンテカルロラリー、ラリーGB(RACラリー)と共に世界3大ラリーと並び称されたものの、オーガナイザーの財政難、イベントの特殊性や開催地の遠さがFIAの目指しているコストダウンに反するとして、2002年度を最後にWRCから外されてしまった。
ただしFIAアフリカラリー選手権の一戦としては2003年以降も継続されていた。

2020年にはWRCに復帰することになったのだが、いわゆるCOVID-19の影響により2020年度の開催は断念。2021年に改めて開催・WRCに復帰したのだが、6月下旬の開催となった。2022年に関しても6月下旬に開催されている。

日本勢の参戦

先に述べた様に過酷な状況下ゆえに、耐久性を試す場として日本の自動車メーカーがしばしば参加していたので日本ではマイナースポーツとされるラリーの中では珍しく、ダカールラリーと共に一般的な知名度の高かったラリーイベントであった。

特に日産自動車の熱の入れようは相当なもので、WRCが始まるより前の1963年の初参加以来、幾度となく東アフリカの大地に挑み続けた。
特に1970年にはダットサン510による総合優勝、クラス優勝、チ-ム優勝を成し遂げた。
1971年には510潰しを図り高速ルートを増やしたのだが、日産はその意表を突きダットサン240Zを投入、総合1位、2位、7位に輝いた。
その後1979年から1982年にかけて、2代目バイオレット(1979年から1981年はダットサンブランドとして、1982年は日産ブランドとして)が4連覇を果たしているが、いずれもウガンダケニア人のシェカー・メッタ(1945-2006)によってもたらされたものである。ちなみにこの4台のバイオレットは現在、神奈川県座間市にある日産座間事業所にある記念車庫に保存されている。

またトヨタもサファリラリーで活躍したメーカーであり、3代目セリカが1984年から1986年にかけて、5代目セリカが1992年から1995年にかけて連覇を果たしたほか、4代目セリカも1990年に優勝している。1995年に藤本吉郎が日本人で初めてサファリで優勝したのもセリカであった(ただしWRCではなく2リッターカップでの開催時)。そして2022年にはGRヤリスで優勝を果たしている。
さらに三菱自動車ランサーで5度、スバルインプレッサで3度、それぞれ優勝を果たしている。

2021年にWRCのカレンダーへ復帰した際は、トヨタの勝田貴元が自身初のWRCでの表彰台を獲得している。また地元勢はほとんどが生産終了して5年以上が経つランサーエボリューションであった。

下位クラスでも、スバルは1993年に軽自動車ヴィヴィオ2台で参戦し1台が完走、ダイハツシャレードを投入し、1993年には2.0Lターボ勢を押しのけて4〜6位で完走している。

外部リンク

サファリラリー - Wikipedia

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