概要
1973年創設のカーラリーの世界選手権。国際自動車連盟(FIA)が主催する世界選手権としては、F1に次ぐ歴史と伝統を持つ。伝統の開幕戦『ラリー・モンテカルロ』に限れば、F1より長い歴史がある。(ラリー・モンテカルロが初めて開催されたのは1911年である)
欧州を中心に世界各国で年間13戦程度のレース(イベント)を開催する。
崖っぷちや夜の凍結した山道、民家の密集する細い道などを、先が見えなくても助手席のナビゲーターの指示だけを頼りに300〜500馬力のモンスターマシンをぶっ飛ばす様はエキサイティング極まりなく、「F1ドライバーは頭のネジが飛んでいるが、WRCドライバーは元々頭のネジが無い」という言葉があるほどクレイジーな競技である。
また往年のグループB時代での熱狂や、グループA時代において日本車が無双していた時代などは、自動車ファンならよく知らずとも噂で聞いたことはお有りだろう。
日本車メーカーが数多くの成功を収めており、トヨタ、スバル、三菱がワールドチャンピオン、日産とマツダはラリーイベントでの総合優勝、スズキは下位クラス(JWRC)チャンピオンの実績がそれぞれある。
ただし日本での開催は2021年末現在までで僅か8回と少ないため、人気ではF1に譲る。
2024年現在はTOYOTA GAZOO Racingがワークス参戦している。
『頭文字D』を筆頭とする公道バトル系の漫画・アニメでは"WRC"は強キャラやチートマシンの代名詞で、特にランエボ・インプがその代表選手として猛威を振るうのがお決まりのパターンである。また『ガッデム』『SS』などWRCそのものを題材にした作品も複数存在する。
開催地
基本的には欧州での開催が多いが、雪あり土砂あり夜道ありの伝統の開幕戦ラリー・モンテカルロ(モナコ)、"1000個のコーナー"と形容されるツール・ド・コルス(フランス・コルシカ島)、軍基地を含め舗装路がメインのラリー・ドイチェランド(ドイツ)など同じ欧州でも個性あるイベントが詰め込まれている。
欧州以外では高地でオーバーヒート対策が強いられるラリー・メキシコ、広大な牧草地帯を見渡せるラリー・ニュージーランド、ゾウやキリンのいる野生溢れる情緒で日本車勢が大活躍したサファリラリーなどがある。
日本でも2004年から2010年までラリー・ジャパンが北海道で開催された。スバルの撤退により長らく行われていなかったが、トヨタのWRC復帰により2022年から愛知県・岐阜県を舞台にした新しいラリー・ジャパンが開催、日本の古き良き街並みをモンスターマシンたちが疾走した。
こうした各国の異なった情景を見ながら観光気分が味わえるのも、WRCの魅力の一つである。
開催数は1990年代中頃までは年間8~10戦程度であったが、FIAの意向により2004年には全16戦にまで増えた。
しかしシーズンオフ期間の少なさやコスト増大に不満が募っていた参加者たちと、それでも開催したい各国のオーガナイザーたちの間を取り持って、2009年シーズンより年間12戦のローテーション制を取る事となり、2009年、2010年の2年間で合計24のイベントが開催される事となった。これにより一時的に、伝統のモンテカルロが開幕戦にならないどころか、WRCから外れてしまった年が存在する。
2012年から現在までは年間13戦で、毎年モンテカルロが開幕戦になるように戻されている。
クラス分け
WRCの下位クラスは長い歴史の中で何度か誕生と消滅を繰り返している。下記は2024年現在のものである。
WRC
選手権の最高峰に位置するクラス。時代によってマシンの姿は大きく異なる(後述)が、いずれもモンスターマシン揃いである。
2023年現在は『ラリー1』と呼ばれる、競技専用に設計された鋼管フレームとプラグインハイブリッドシステムを併せ持つ規定を採用する。最大380馬力/425Nmの1.6Lターボエンジンに130馬力以上のハイブリッドシステムのブーストで最大500馬力以上を発生し、フルタイム4WDで駆動する。
WRC史上屈指の高性能である一方で、リエゾンやエンジントラブル時ではモーターを活かしてEV走行もこなすという器用さも持つマシンとなっている。
このクラスのみ最終ステージは"パワーステージ"と称され、総合順位とは別に、この1ステージの順位に最大5ptまでのボーナスポイントが与えられる。このパワーステージは直後に表彰台を控えていることもあり、TV中継では最大の見せ場となっている。
現在はトヨタ、Mスポーツ・フォード、ヒョンデがマニュファクチャラーとして参戦する。
WRC2
WRCの直下カテゴリ。自動車メーカーがプライベーターチームに販売することを前提に開発された、『ラリー2』(旧称グループR5)で争われる。これは大衆車を最大280馬力の1.6Lターボ+フルタイム4WDに魔改造したもので、WRCクラスに比べると参戦コストが安い割に戦闘力が高いため、メーカー・チーム双方から人気が高い。
現在はシュコダ、シトロエン、ヒョンデ、トヨタが参戦している。
WRC3
2013年の発足から10年の間に2WD車両クラスとして発足→消滅→ラリー2車両のアマチュア/プライベーター部門として復活→ラリー3車両専用クラスに変更と、規則や立ち位置の変化が非常に目まぐるしいクラスである。
現在はラリー2より更に安価な、最高出力210馬力の4WD車両である『ラリー3』車両で争われる。フォード、プジョー、ルノー(アルピーヌ)がマシン供給を行っている。
JWRC
WRCの育成カテゴリで、2001年から存在する。28歳以上のドライバーは出場できない。2021年までは二輪駆動車のみが参戦できたが、2022年以降はラリー3規定車両のみが指定されている。
使用車両の歴史と変遷
この項目ではトップカテゴリにおいて使用された車両の形式に絞って簡単に解説する。詳細はWikipediaを参照のこと。
WRC草創期からグループB時代(1973年 - 1986年)
創設から1980年代初頭までは、グループ4規定(GTカー)のマシンが総合優勝を争った。グループ4公認取得のための最低生産台数が「連続する24ヶ月間に400台」と少ないことを利用し、ランチアがラリーのためだけに開発したミッドシップエンジンのスペシャルモデル、ストラトスはこの時代を代表的する存在である。
トラックやオフローダーを排除するため4WDは禁止されていたが、1981年にFIAに掛け合って4WDを解禁してもらったアウディがクワトロを持ち込んでWRCを席巻し、その後のラリーカーの方向性(4WDターボ)を決定づけた。
1983年に有名なグループB規定が登場。これは連続した12ヶ月間に20台の競技用車両を含む200台を生産すれば良いというもので、名目上は「より低コストに、より幅広いメーカーの参戦を促す」ものだったが、実際は高価で高性能なラリー専用車の開発競争が行われた。これによりミッドシップに600馬力ものエンジンを積んだモンスターマシンが続々と現れ、性能は劇的に向上した。
しかし安全装備やドライバー・電子制御の技術がその進化に追いついておらず、結果多くの事故と犠牲者を生み出すこととなり、廃止へと追い込まれた。
グループA時代(1987年 - 2001年)
1987年からは、それまでは下位クラス車両だったグループA規定に移行。ベース車両は継続した12ヶ月間に5,000台(1993年から2,500台)以上という従来より多くの生産を義務づけられたほか、ベース車両からの改造の規制も厳しくなり、以前に比べればマシンは「市販車」と呼ぶに相応しい実態を持つものになった。しかしマシンの能力は落ちるどころか、年を追うごとに上がっていき、3年後にはグループBのマシンを凌駕する速さを身につけることとなる。
WRCで勝利するためにはフルタイム4WDと2,000ccのターボエンジンはもはや必須の装備であったが、そのような高性能かつ高価なスポーツ車両を市販車として量産し、採算を取れるメーカーは少なく、参戦メーカー数は一気に減少。欧州勢の中ではランチアだけは小型車であるデルタの量産に成功し、豊富な資金力と開発力を活かして、1992年まで前人未到のメイクスタイトル6連覇を果たすなどグループA時代を牽引していくことになる。
しかし、そのランチアに対し真っ向から勝負を挑んだのが日本勢であった。日本の自動車市場は4WDスポーツ車が順調に売れる世界的に見て珍しい市場であり、好景気も相まって日本車メーカーはこぞって高性能な4WDスポーツ車を投入した。1990年代中盤には欧州車勢に代わりトヨタ、スバル、三菱がWRCを席巻した。
WRカー時代(1997年 - 2010年)
市販4WDスポーツカーを量産できない欧州車メーカーを呼び込むため、連続する12ヶ月間で25,000台生産された大衆車を2.0Lターボ+4WDに魔改造する"WRカー"が誕生。これで再び欧州車メーカーが相次いでWRCに参戦し、一時は8メーカーが参入するほどの活況を呈することとなる。
しかしその繁栄は長くは続かず、WRカーの開発費用および車両価格の高騰、レース自体のイベント数の増加による負担増などの諸要因によりスポット参戦やセミワークス参戦に切り替えるメーカーが続出。そして2007年のリーマンショックに端を発する不況での自動車会社の経営不振がトドメとなり、2009年の時点でメーカー単位で正式に参戦していたのはシトロエンとフォードの2社のみとなってしまった。
S2000 WRC(第二次WRカー)時代(2011年 - 2021)
WRカーは不況期の自動車メーカーたちにはコストが重く、新規ワークスの参入はほぼ絶望的であった。長い紆余曲折を経て、2.0L自然吸気エンジンと共通部品で低コストに制作できる、廉価版WRカーとも言える「スーパー2000」規定をベースに、1.6Lターボ+4WDで武装する新たなWRカー規定が誕生した(S2000 WRC)。
これも一時はメーカー数を増やすことに成功するものの、2.0Lターボ時代に比べるとベース車両が小型化したことや出力が低下したことで迫力も低下し、ファンからの人気低下が懸念された。そこで2017年からは派手なウィングを装着し、馬力も380まで上げて「現代のグループB」と形容されるような迫力あるマシンとなった。
ラリー1規定(2022年 - 現在)
自動車メーカーたちが電動化技術の開発と宣伝に躍起になっている状況を鑑みて、共通のハイブリッドシステムを組み込む新たな規定が導入された。
またこの規定からワンオフの鋼管フレームを用いたスケーリング(NASCARのように市販車の外観を拡大縮小するモデリング手法)が可能で、市販車のフレームを用いる必要がなくなったという歴史的な変革がなされている。これにより、本来なら競技に不利なデザインのベース車両も、気軽に用いることができるようになった。
ただしコストを抑えるために空力開発は制限、パドルシフトやアクティブセンターデフも禁止されるため、パワートレインとフレーム以外の部分については下位クラスのラリー2車両にかなり近くなった。
エンジンはS2000 WRC時代のものをそのまま踏襲している。
テレビ放送
ヨーロッパ圏内において絶大な人気を誇るこのカーレースはテレビ放送も盛んに行われている。また、FIAとしてもテレビ放送から得られる収入は無視できないものとなり、スーパーSSなどテレビ放送向けにイベントを組んでいる。
ラジオ放送(競馬じゃないんだから)も行われており、日本でもインターネット経由で聞くことが出来る。日本においては2009年にはJ SPORTS(CS放送局)が全クラス完全放送を行っており、いくつかのラウンドでスーパーSSのライブ中継を放送している。
また、BS放送局であるBS日テレでもダイジェストで放送していたが、スバルのWRC撤退によるスポンサー撤退により2008年12月25日で放送を終了。2019年4月から放送を再開したものの、その年いっぱいで再び終了してしまった。
地上波ではテレビ東京系列局でダイジェスト放送が行われたことがあるが、2006年のラリージャパンに関しては、テレビ東京系列局がない地域の日本テレビ系列局(ほか)でも放送された。
その他のテレビ局に関しては日本におけるこのスポーツの人気ゆえ報道は消極的であり、それは日本で開催されたラリージャパンも例外でなく、2004年の初開催以降、ラリージャパン開催時期でも地上波テレビ局ではニュース番組でも殆ど触れられることはなく、過去にWRCの放送経験があるテレビ東京系列の他は日本テレビ系列やNHKで多少触れられた程度であった。
その後トヨタが再参戦を果たした2017年と、その翌年の2018年には、テレビ朝日と名古屋テレビで、「地球の走り方 世界ラリー応援宣言」という紹介番組が放送されていた。なお、件の番組はTVerを通じて関東地方と東海3県以外の地域でも視聴することが出来た。さらにはラリーをテーマとした映画「OVERDRIVE」に絡んだ、この番組の番外編的番組が、2018年5月下旬から6月上旬にかけて逐次テレビ朝日系列(24)局ばかりかTBS系列局約3局、日本テレビ系列局約2局、フジテレビ系列局約3局でも放送されている。
そして2022年度と2023年度のラリージャパン終了直後にはテレビ朝日系列(24)局にてWRCを紹介する特別番組を放送しており、その中でラリージャパンのハイライトも放送された。
参加するには
もしあなたがWRCで勝ちたいなら、それなりの支援と育成をメーカーから受ける必要があるだろう。
具体的には国内でのトヨタの若手ドライバー育成プログラムに合格するか、欧州のラリーで活躍して、欧州系自動車メーカーの目に止まるかである。フォーミュラカーのようにF1〜F4までの綺麗なピラミッド構造が整備されているわけではないため、良く言えば自由だが悪く言えば明確な道筋が無く、かなりのリスクを伴うのは間違いない。
しかし"参加するだけ"ならば個人レベルでも簡単にできるのが、この世界選手権の大きな魅力の一つである。
競技ライセンス(国際C級レース除外)を取得し、規定に合致した車両(地域選手権のものでも可)を用意し、抽選に通れば賞典外で出場することが可能となる。安全装備を備えただけのお買い物車で、WRCのスーパースターたちの轍をナゾって走ることができるのである。