概要
社名 | 日本テレビ放送網株式会社(Nippon Television Network Corporation) |
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設立 | 1952年10月28日 |
開局 | 1953年8月28日 |
地上波テレビ 放送対象地域 | 関東広域圏 |
地上波テレビ 系列 | NNN/NNS(日本テレビ系列) |
地上波テレビ 親局 | 東京 |
地上デジタル リモコンID | 4 |
地上デジタル 親局物理チャンネル | 25ch |
地上デジタル コールサイン | JOAX-DTV |
周波数/出力 | 545.142857MHz/10kW |
地上アナログ 親局チャンネル | 4ch(廃局) |
地上アナログ コールサイン | JOAX-TV(廃局) |
映像周波数/出力 | 171.25MHz/50kW(廃局) |
音声周波数/出力 | 175.25MHz/12.5kW(廃局) |
地上アナログ 音声多重放送 | JOAX-TAM(廃局) |
1953年8月28日開局。本社はフジテレビ同様ゆりかもめの沿線に位置する汐留。
登記上の社名は「にほん」ではなく「にっぽん」と読むのが正しい。ただし、視聴者どころか局アナですら「にほんテレビ」と読むことが多く「鳩の休日」を始めとする局名告知においては全て「にほんテレビ」で統一されている。
かつては「4チャンネル」「NTV」を略称として使っていたが、1995年頃から「日テレ」の通称を公式に使うようになった。なお、それ以前からも日テレの名称は業界用語的扱いで使われており、業界ネタに定評のあるホイチョイ・プロダクションの出版物では80年代から使用されている実績がある。
日本で最初のテレビ単独局で開局時からプライドが強く、社名の「日本テレビ放送網株式会社」は、正力松太郎の当初の目論見である東京に中央局とメインマスターを置き、大阪・名古屋・札幌・福岡など全国主要都市に開設した支局をマイクロ回線で繋ぎ、テレビ放送で使用しない帯域は通信目的として貸出す(アメリカが東側に宣伝放送をするという計画があったらしい)、またはファクシミリ新聞などに使用する狙いがあった。しかし「正力構想」と呼ばれるこの構想を当時の郵政省が一蹴し、正力の目論見は泡と崩れた。日テレは関東ローカルのテレビ局として開局した。もし正力構想が実現していたら現在の民放テレビの仕組みは異なるものであるであろう。
他局が東京タワー(333m)から送信をする中、正力の「全部自前でやることに意義がある」という方針から千代田区二番町(麹町)の自社鉄塔からの送信を続けていた。しかし周辺に高層建築物が目立つようになると難視聴地域が増えてきたため、正力は新宿区東大久保1丁目(現・新宿6丁目)に用地を確保、東京タワーより高い550mを誇る自社鉄塔、通称「正力タワー」を1968年に構想。
ところが1969年3月5日、当時内幸町にあったNHKが、渋谷に計画していた現在のNHK放送センター敷地内に「正力タワー」より高い600m級の「NHKタワー」の建設計画(「渋谷案」)を発表し、さらに7月には代々木公園敷地内に「渋谷案」や「正力タワー」よりも低いものの、当時相当な高さの電波塔計画だった高さ488m、最大直径40mの電波塔建設を計画(「代々木案」)も打出した。NHKが打出した計画はどちらも頓挫した。
正力は「建設申請書も出していない「NHKタワー」を(「正力タワー」と)一緒にされるのは筋違いでは?」NHKを批判、NHKも「「正力タワー」は観光塔ではないですか?」と正力を批判し、「NHKが民間放送に対して施設を借りた例はない」と反論した。
正力の死後、「正力タワー」計画は頓挫。結局1970年11月10日に東京タワーへ移転し、麹町の本社鉄塔は予備送信所へ格下げされた。「正力タワー」予定地は1972年4月に日本テレビゴルフガーデンとしてオープンし、その後新宿イーストサイドスクエアとして再開発された。
なお2013年に東京スカイツリーからの送信へと移行している。
本社株はほとんど読売テレビが買い取っているためか、読売テレビ制作番組も多い。
かつてはプロレス中継と読売ジャイアンツ試合中継がお家芸であった。
特にジャイアンツの試合中継に関してはシーズン中にレギュラー番組が休止になる上、中継延長で後続番組の放送時間等に影響を与えることから視聴者から不評を買い、2000年代後半以降はプロ野球人気そのものの衰退もあって、CS・BS局へ移行し、地上波は土・日デーゲームが中心となった(ナイターに至っては年間5試合程度のみ)。
また、プロレス中継も2009年3月限りで事実上撤退している。
1995年にはTBSが放映前のインタビュー映像をオウム真理教に見せていたというスクープを上げた。このTBSの行為は坂本弁護士一家誘拐殺害事件の引き金となったとされ、それまで「報道のTBS」と呼ばれていたTBS報道ワイド番組を壊滅させた。
なお法人自体は現在の「日本テレビホールディングス株式会社」であり、2012年10月1日に認定放送持株会社制移行のために「(旧)日本テレビ放送網株式会社(現・日本テレビホールディングス株式会社)」から新設分割され現業を移管・放送免許を承継された「(新)日本テレビ放送網株式会社(旧称・日本テレビ分割準備株式会社)」が現業を行なっている。
本項では、2012年9月30日までの旧会社と10月1日以降の現行会社について述べる。
関連テレビ局に、読売新聞系BS局のBS日テレ、ここのCS部門である日テレプラス、読売新聞系のCSニュースチャンネルの日テレNEWS24、自動車レースのNASCARやオートバイレースのMOTO GPやアメリカンフットボールのNFLやプロレス(プロレスリング・ノア)中継などを扱う、報知新聞系のCS局の日テレG+がある。
沖縄県と佐賀県を除く全都道府県に系列局がある(宮崎・大分・福井は他系列との相乗り。佐賀県ではFBSが全域で視聴されている)。沖縄県での日本テレビのニュース取材活動は日本テレビが自ら那覇支局を設置して対応している。那覇支局は特別回線で東京と結ばれており、日本テレビをリアルタイムに視聴可能。
長年日曜日の22時30分からの1時間をローカルセールス枠としていた。これはTBS系列局がない地域でパナソニック1社提供であったTBSのドラマ枠「パナソニックドラマシアター」を遅れネットするためのものであった。しかしパナソニックの1社提供ではなくなり日本テレビ系列でわざわざネットする意味もなくなったことから2015年4月より全国ネット枠へと変更された(なおパナソニックドラマシアター自体も2015年3月を以って廃枠となった)。
なおTBS系列局が既に存在する地域ではこの日曜22時半枠を使ってPS純金ゴールド(中京テレビ)、ナイトシャッフル(福岡放送)、大阪ほんわかテレビ(読売テレビ)などの長寿ローカル番組が多数放送されていたが、その多くは金曜19時からの1時間枠に移動となる。
1988年 - 1994年までゴールデンタイムに帯情報番組「追跡」が編成されたため、副作用で木曜「お笑いマンガ道場」を除く平日夕方5時台にアニメが編成される。
しかし、ローカルセールス枠であったため、「それいけ!アンパンマン」を除き3局以下の地域では未ネットが多く、読売テレビでは平日午前中→早朝→土曜早朝に編成したため、「それいけ!アンパンマン」他数本以外は放送していない。バブル崩壊によるスポンサー撤退と地方局での平日夕方帯情報番組編成を受け、1995年に「それいけ!アンパンマン」を除き廃枠となり、さらに2016年からは、アンパンマンも関東キー局では金曜午前中放送となり、平日夕方アニメは完全に廃枠となった。
そのアニメについては東京ムービー時代1970年代半ばからトムス・エンタテインメントと関係が深い。「ルパン三世」に代表されるヤングアダルト路線も特徴。
また、金曜ロードショーでのジブリアニメが恒例で、ライバル局のドラマにおいて「なんどめだナウシカ」と弄り倒された。そういえば関連放送局BS日テレもあるメディアミックス作品で似たようなことしてるような。
正力一族が読売グループ経営の一線から退くと、新聞は務臺光雄から渡辺恒雄、日テレは氏家齊一郎が叩き上げからトップに就任する。しばし務臺や渡辺は正力に匹敵する「独裁者」と見られるが、氏家もまた日テレを通じて読売グループに強い影響力を残した。
開局40周年を機に宮崎駿デザイン・スタジオジブリ制作によるマスコットキャラクター「なんだろう」が誕生し、現在でも使用されている。ジブリとは関係が深く、同社作品を独占的にテレビ放送する権利を持っている上、2023年9月には子会社とした。
また新年恒例のスポーツイベントである箱根駅伝独占中継局としても有名。
2011年12月から親会社・読売新聞が所有している取材用ビジネスジェット機・セスナサイテーション「みらい号」に、テレビカメラマンを便乗させて貰った上で、ヘリコプターではフォロー出来ない場合の取材を行っている。そのため、「みらい号」主翼には、読売新聞社旗のほか、ここのロゴも入っている。
1990年代以降、バラエティ暗黒時代を抜けてフジテレビとの競争が激化。1990年代は電波少年等の低予算路線がデフレ時代とマッチしフジに対して優位になるも、2000年代はお台場移転のイメチェンで巻き返したフジに苦戦。さらに野球視聴率低下もあり、ついには前代未聞の視聴率買収事件を起こしてしまった。
2010年代にはフジテレビがほこ×たてやらせ騒動等で凋落したため、代わって視聴率三冠王に返り咲き2020年代までは首位を誇っていたが、この時期からテレビ朝日の猛追を受けるようになった。
加えて、2020年に視聴率測定方式で大規模なリニューアルが実施され、2021年頃からは例え視聴率が割と安定してようが伸びしろがなくなった、というよりコア視聴率の低い番組を「総合的に見て判断した」という理由で終らせる傾向にある。
これにより数字の上での三冠王は2022年以降テレビ朝日に奪われることとなったが、広告収入についてはテレビ朝日を大きく上回る成績を残すなど、単なる数字に囚われない上位を目指す方針に切り替わっている。
初めて行ったこと色々
日本テレビは日本のテレビ業界において、新しい放送媒体・放送形式を積極的に取り入れ、その媒体を用いた放送を定着させて来たことで有名である。放送免許取得、民間資本による開局・本放送開始は勿論のこと、CM放送、カラー放送、音声多重放送(世界初)、ワイドクリアビジョン放送、洋画の日本語吹替放送、L字型画面、データ放送、ワンセグ放送独自番組放送、3D立体映像での生放送、ネット動画配信サービス、放送中のドラマ全話無料配信も日本民放では日テレが初めて。また、選挙特番の出口調査を全国規模で導入したのも日テレ報道局が最初である。
また世界で初めてエベレストからの衛星生中継を1988年5月に実施している。
スポーツ中継でも、プロ野球中継におけるバックスクリーン横「センターカメラ」導入、王貞治のための「ホームランカメラ」導入、「審判カメラ」導入、完全3D映像による中継実現、サッカー中継におけるゴール内部への小型カメラ新設など、他局に先駆けて新技術を導入した。第3回世界陸上では世界で初めて写真判定を中継へ取入れた。
そしてpixivで割と重要視されるであろうアニメステレオ放送も日本テレビ制作「ルパン三世」第2シリーズ後期であった。それまでは、テレビアニメは制作費抑制と「子供が見るものであり、凝った作り込みは不要」という固定観念から、どこの制作局もステレオ放送に積極的ではなかった。
ビデオ・オン・デマンド事業にも一早く参入。日本初のテレビ局主導のインターネット動画配信サービス「第2日本テレビ」を運営していた(2012年10月に「日テレオンデマンド ゼロ」に改称)。完全無料化もあって2009年1月には単月黒字化に成功した。2010年12月からは有料動画配信サービス「日テレオンデマンド」運営も開始。2014年、放送から1週間パソコンやスマートフォンで無料で見られる「日テレいつでもどこでもキャンペーン」を開始した。Huluから日本市場向け事業を引継ぎ、定額制動画配信サービスも参入した。
インターネットにおける番組同時配信も2020年10月から3か月間試験的に実施後、2021年10月から本配信を開始している。
本社・支社・支局
- 本社」東京都港区東新橋一丁目6-1(日本テレビタワー) - 通称「汐留」
- 麹町分室(旧本社)・番町スタジオ:東京都千代田区2番町14 - 通称「麹町」
- 生田スタジオ:神奈川県川崎市多摩区菅仙谷3-20-1
- 八王子支局(閉局):東京都八王子市本町24-8 読売八王子ビル
- 横浜支局:神奈川県横浜市中区長者町5丁目85 三共横浜ビル4F
- 前橋支局:群馬県前橋市大手町3-7-1 読売新聞前橋支局
- 関西支社:大阪府大阪市北区堂島2-2-2 近鉄堂島ビル14F
- 名古屋支局:愛知県名古屋市中区栄3-14-7 RICCO栄6F
- 那覇支局:沖縄県那覇市久茂地1-3-1 久茂地セントラルビル5F
日テレ関西支社は設置当初、大阪支社として読売テレビ本社(当時の所在地は大阪市北区岩井町)にあった。
スタジオ
汐留・日本テレビタワー
高さ196m。延べ床面積約13万㎡。
2003年4月完成。同年8月に本社を移転。スタジオ機能は2004年2月29日に稼働。
下層はスタジオなど番組制作機能が集中し、床を取り払っても問題はない。スタジオ増築やオフィスへの転用も可能。上層はオフィスとなっているが、最上階にもスタジオがある。
19 - 24Fまではオフィスフロア。株式会社日テレ・テクニカル・リソーシズ(NiTRo)を始めとする日テレグループ企業が入居する他、23FにはBSデジタル局であるBS日テレ本社、20Fには読売テレの東京支社と南海放送東京支社が入居する。
- S1スタジオ(13F、211坪) - 入口のドアの色は赤。
- S2スタジオ(13F、138坪) - 入口のドアの色は黄。
- 上記2スタジオはバラエティ・報道・情報番組向け生放送・収録対応スタジオ。
- 『しゃべくり007』『世界一受けたい授業』『有吉反省会』『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』『シューイチ』などで使用。
- S3スタジオ(9F、148坪) - 入口のドアの色は青。
- S4スタジオ(9F、148坪) - 入口のドアの色は緑。
- 上記2スタジオは報道・情報番組向け生放送対応スタジオ。
- 『ZIP!』『スッキリ!』『ヒルナンデス!』『NEWS ZERO』『Going!Sports&News』などで使用。
- NEWSスタジオ(5F、130坪)
- 報道局と隣接。『Oha!4 NEWS LIVE』『news every.』などで使用。報道フロアからもニュースを伝えられる。
- 報道局フロア(5F、約455坪)
- スタジオとして設計。カメラや音声などのケーブルを接続する端子板が設置されており、放送できる。"NNN"の大きなロゴが設置され、電飾が行われていたが、東日本大震災後の電力事情により消灯して対応した後、オレンジ色のカラーリングが施された同じ形の"NNN"ロゴを貼付けていたが、2017年3月27日から電飾が復活している(震災前はロゴ自体が光っていたが、2017年以降はロゴ周りが光るようになっている)。震災前は曜日ごとに電飾のカラーが変えられていて、月曜にホワイト、火曜にイエロー、水曜にライトブルー、木曜にグリーン、金曜にピンク、土日にブルー、年始(元日)にレッドと変化していた。電飾復活後、カラーはホワイトに統一されている。
- 地上波用ニュースサブ1、日テレNEWS24専用ニュースサブ2、素材送り用ニュースサブ3がある。ニュースサブ1・2は相互補完機能を持たせており、どちらか一方が使えない場合は直ぐに切替えられる。ニュースサブ3は通常系列局など外部からの素材を受け取ったり、日テレから系列局へ素材を裏送りを行ったりしているが、ミニニュースなど通常番組にも対応可能。
- ニュースサブ1のスペースには地上波用の顔出しブースがあり、『NNNストレイトニュース』(週末版)、『スッキリ!』『ヒルナンデス!』『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)のニュースコーナー、『NNNニュース』などで使用。ニュースサブ2のスペースには日テレNEWS24専用ブースがあり、『NNNストレイトニュース』(平日版)でも使用。
- SVスタジオ(13F、71坪)
- バーチャルスタジオ
- SKY1スタジオ(15F、31坪)
- SKY2スタジオ(15F、31坪)
- タワートップスタジオ(32F)
- 上記3スタジオは都心の眺望が特徴。タワートップスタジオは各メディアへの記者会見の場に使われることもある。
- マイスタジオ(2F、92坪)
- ゼロスタジオ(1F、33坪)
- 上記2スタジオはオープンスタジオ。ゼロスタジオはサテライトスタジオでもある。マイスタジオの上には宮崎駿デザインの日テレ大時計がある。
- スタジオ以外
- 7F:メディアセンター-日テレの中枢となるマスターコントロールルーム。関東一円、全国の系列局、BS日テレ、CS日本へ毎日の番組を送り出している。
- 2F:日テレホール
- B1F・B2F:日テレ屋汐留店
麹町分室
1953年の開局時から2003年夏までの本社で、2004年2月28日までの放送センター。汐留に放送機能移転後も麹町分室として運用している。
麹町に残されたのは汐留本社ビルが狭く観客を入れる番組収録に向いていないことや、タレントが他局に移動する場合の交通の便を考慮したという2つの理由がある(汐留の日テレタワーとは専用のシャトルバスが運行されている)。
この建物の前にある日本テレビ通り下を東京メトロ有楽町線が通る。
旧本社は1968年竣工の本館、1978年竣工南本館、1982年竣工北本館、カラー放送開始に合わせて建てられたカラーセンターの4棟から成り立っていた。カラーセンターはカラーバーの色彩を模した外観が特徴的だったが、スタジオ老朽化が激しく、汐留移転とともにスタジオが廃止され、アーカイブス館となった。周辺には日テレHD事業子会社バップなどが入居する別館群がある。その中には4番町別館があり、麹町分室が本社であった時代に中継車車庫として使われた。
開局時から1980年代までここに建っていたスーパーターンスタイルアンテナが南本館入口にモニュメントとして飾られている。
北本館に3つのスタジオ、南本館にNiTRo運営の貸しスタジオがある。また南本館1Fには初代マイスタジオがあった。
2019年1月29日に「番町スタジオ」が稼働開始。同時期に1953年8月28日の開局から増改築しながら65年間使われた麹町分室スタジオが運用を完全に終了し、ビルも閉鎖された。番町スタジオの全体竣工後、麹町分室のビル群が順次解体されるが、解体は南本館から順番に行う。
跡地は日テレなどによる再開発が行われる。
2019年まで稼働のスタジオ
- Kスタジオ(北本館5F・180坪)
- バラエティ・音楽番組の収録向けスタジオ。入口のドアの色は青。『有吉ゼミ』『嵐にしやがれ』『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』『キユーピー3分クッキング』などで使用されていた。
- Gスタジオ(北本館5F・250坪)
- 収録・生放送兼用スタジオ。入口のドアの色は赤。『行列の出来る法律相談所』『世界まる見え!テレビ特捜部』『笑点』(一部放送回。通常は後楽園ホールで収録)などで使用されていた。日テレの1990年代を支えたスタジオであり、特番では『スーパークイズスペシャル』『さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』、レギュラー番組でも『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』『どちら様も!!笑ってヨロシク』『マジカル頭脳パワー!!』などが制作された。『ザ・トップテン』『歌のトップテン』生放送もこのスタジオで行われた。両番組は渋谷公会堂から生中継出来なかった場合の補完ホールとして使われ、後者の番組が1988年に渋谷公会堂からの公開生中継を行わなくなってから最終回までここからの生放送だった。逸見政孝が2度目のがん再発の記者会見を行ったスタジオでもある。
- V(バーチャル)スタジオ(北本館5F・31坪)
- Kスタジオ美術倉庫の一部を改装して造られた。機能は汐留に移転している。インタビュー収録が行われたことがある。
- STUDIO NiTRo CUBE(南本館4F・65坪)
- 旧本社時代に報道専用スタジオとして使われたEスタジオを、日本テレビビデオ)現・日テレアックスオン)が再整備し、2007年に技術部門を引き継いだNiTRoが運営・保有する貸しスタジオとなっている。他『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の一部企画や『ポシュレ』など通販・バラエティ向けの番組に使われた。
以前稼働していたスタジオ
- 第1スタジオ→Eスタジオ(本館・60坪)
- 第2スタジオ→Fスタジオ(本館・30坪)
- 上記2スタジオは1953年8月28日に日テレが産声を上げた時のスタジオ。1970年8月にEスタジオ、Fスタジオに改称し翌年10月にはカラーニュース専用スタジオに改修。Eスタジオは南本館Eスタジオ運用開始時に廃止。Fスタジオは昭和50年代(1975年)までに廃止。
- 第3スタジオ(本館・10坪)
- こちらも1953年8月28日に日テレが産声を上げた時のスタジオ。
- 第4スタジオ→Gスタジオ(本館裏に増築・120坪)
- 1956年7月に完成。1970年8月にGスタジオに改称。1978年の『24時間テレビ』第1回放送ではこのスタジオもメインにしていた。北本館Gスタジオ建設に伴い昭和50年代に廃止。
- 第9スタジオ→Hスタジオ(カラーセンター1F・10坪)
- 1959年6月にカラーセンター内に新設。1970年8月にHスタジオに改称。入口のドアの色は緑。主に朝や深夜のワイドショー番組に使われた。『ズームイン!!SUPER』開始に伴い5時台にこのスタジオを使用したため、平日朝はHスタジオとJスタジオの入れ換えが行われた。汐留移転に合わせて廃止。
- 第10スタジオ→Jスタジオ(カラーセンター3F・120坪)
- 1959年7月にカラーセンター内に新設。1968年11月22日には日本プロレスの興行が行われた。これは大学紛争の影響で後楽園ホールで興業が出来なくなったため、急遽日テレ本社スタジオにリングを設置し、一般観客も入れた。1970年8月にJスタジオに改称。入口のドアの色は黄。平日昼のワイド番組『お昼のワイドショー』『ザ・ワイド』で使用された。『ズームイン!!SUPER』開始に伴い5時台にHスタジオを使用したため、平日朝はHスタジオとJスタジオの入換が行われた。汐留移転に合わせて廃止。
番町スタジオ
延べ面積:33,600㎡
麹町分室に代わる新たなスタジオ棟。地上11階、地下5階、高さ59.9m(鉄塔含めれば99.9m)。3つのスタジオがあり、9階にはNiTRoの制作技術センターが入居する。
2013年に麹町地区の再開発を発表。スタジオと商業ビルからなる新スタジオ棟を建設する計画である。2016年2月に建設を開始。2018年8月には新スタジオ棟のスタジオ部分が竣工、スタジオ名称を「日本テレビ 番町スタジオ」とした。スタジオには「ソフトファーストストーリー構造」という地震対策を施している。2020年12月に全体が竣工する。
2019年1月29日に稼働開始。こけら落としは『嵐にしやがれ』の収録。
- C1スタジオ(265坪)
- C2スタジオ(265坪)
- 上記2スタジオは日テレのスタジオでフロア面積が最大。収録・生放送・4K放送対応。
- C3スタジオ
生田スタジオ
主に日テレドラマ収録に使用され、近くによみうりランドがある。
最寄りはJR東日本南武線稲田堤駅と京王相模原線京王稲田堤駅。京王稲田堤駅と小田急小田原線読売ランド前駅からは関係者用送迎バスが出ている。
スタジオ技術はNiTRoが請け負い、災害時の送出機能も備える。
1964年7月に4階建て鉄筋コンクリートビルとして完成した。当時は「NTVスタジオ」の名称で、250坪あったカラー用第1スタジオと200坪あったモノクロ用第2スタジオ(1972年にカラー用へ更新)の2つのスタジオがあった。第1スタジオは1000人収容の公開スタジオで、日本で初めてカラーアイドホール投射を採用した。それ以外にも映画撮影用第3・4スタジオが建設された。
1986年4月に老朽化に伴う改築が始まった。第1期工事として260坪の第1スタジオと200坪の第2スタジオが建設され、1989年に生田スタジオが竣工、第2期工事として200坪あるバラエティ番組収録用第3スタジオが建設され、現在の形となった。
1990年代までは『マジカル頭脳パワー!!』『知ってるつもり?!』がここで収録された。
汐留本社、麹町分室ともにドラマ以外のパッケージ番組収録に対応できるスタジオが少なく、それぞれのスタジオの床面積が狭いため、このスタジオの必要性・重要度は高い。
- 第1スタジオ(260坪)・第2スタジオ(200坪)
- 主に『水曜ドラマ』『土曜ドラマ』などのドラマ制作用。
- 第3スタジオ(200坪)
- レギュラー番組『月曜から夜ふかし』の収録の他、『謎解きバトルTORE!』『はじめてのおつかい』など特番の収録に使用。ドラマ収録もある。
関係企業
子会社
共同出資
- 株式会社TVer
主な放送番組(一部読売テレビ制作含む)
アニメ
宇宙戦艦ヤマト 宇宙空母ブルーノア 魔境伝説アクロバンチ ルパン三世 キン肉マン 闘将!!拉麺男 赤い光弾ジリオン 超音戦士ボーグマン まんが日本史 それいけ!アンパンマン 名探偵コナン 六神合体ゴッドマーズ 太陽の使者鉄人28号 新世紀エヴァンゲリオン(テレビ東京から移籍) 機甲界ガリアン おまもりひまり(BS) 桜蘭高校ホスト部 ユルアニ? 日テレ版ドラえもん ルパンVSコナン 夢色パティシエール ちはやふる CLAYMORE 君に届け GJ部 シティーハンター 金田一少年の事件簿 べるぜバブ エグザムライ戦国 ブラック・ジャック NANA HUNTER×HUNTER(フジテレビから移籍) はじめの一歩 ヤッターマン(フジテレビから移籍) ジブリアニメ(「金曜ロードSHOW!」を介してのTV放送) それでも世界は美しい ガッチャマンクラウズ 寄生獣 曇天に笑う 俺物語!! 逆転裁判 タイムボカン24 僕のヒーローアカデミア(毎日放送・TBSから移籍) ハクション大魔王2020 EDENSZERO 葬送のフリーレン ザ・ファブル 転生したらスライムだった件(元々は独立局作品)
AnichU (ナナマルサンバツ、3D彼女 リアルガール、ワンダーエッグ・プライオリティなど)
バラエティ
特命リサーチ200X 笑点 電波少年シリーズ 天才・たけしの元気が出るテレビ!! ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 中井正広のブラックバラエティ 有吉反省会 ザ!鉄腕!DASH!! 世界まる見え!テレビ特捜部 ザ!世界仰天ニュース しゃべくり007 ヒルナンデス! 笑ってコラえて 世界の果てまでイッテQ! スタードラフト会議 謎解きバトルTORE! 火曜サプライズ エンタの神様 月曜から夜ふかし 有吉ゼミ 天才!志村どうぶつ園→嗚呼!!みんなの動物園 世界一受けたい授業 午後は○○おもいッきりテレビ おもいッきりDON! 嵐にしやがれ 今夜くらべてみました ナカイの窓 マジカル頭脳パワー!! クイズ世界はSHOW by ショーバイ!! ウッチャンナンチャンのウリナリ! 電波少年シリーズ 行列のできる法律相談所→行列のできる相談所 お笑いスター誕生!! マネーの虎 シャボン玉ホリデー TVジョッキー→スーパーJOCKEY(熱湯コマーシャル) THE突破ファイル ぐるナイ 有吉の壁 幸せ!ボンビーガール 満点青空レストラン 人生が変わる1分間の深イイ話 11PM カリキュラマシーン ごちそうさま おもしろ博士クイズ
報道番組
ZIP!(MOCO'Sキッチン) シューイチ! 真相報道バンキシャ! NNNきょうの出来事→NEWS ZERO ニュースプラス1→NEWSリアルタイム→news every. ズームイン!!朝!→ズームイン!!SUPER ズームインサタデー NNNストレイトニュース スッキリ!! DayDay.
音楽番組
FAN FUN AX_MUSIC-FACTORY 紅白歌のベストテン→ザ・トップテン→歌のトップテン ハッピーMusic→ミュージックドラゴン→バズリズムシリーズ with MUSIC
ドラマ
快獣ブースカ 超人バロム・1 サンダーマスク ファイヤーマン 円盤戦争バンキッド 流星人間ゾーン 太陽にほえろ! 大都会シリーズ 探偵物語 俺たちは天使だ! ゆうひが丘の総理大臣 セーラー服反逆同盟 理想の息子 14才の母 金田一少年の事件簿 よい子の味方 ハケンの品格 妖怪人間ベム 家政婦のミタ 三毛猫ホームズの推理 悪夢ちゃん 泣くな、はらちゃん シェアハウスの恋人 マイ☆ボスマイ☆ヒーロー 35歳の高校生 斉藤さん 女王の教室 キイナ~不可能犯罪捜査官~ 私立バカレア高校 スプラウト Piece 心療中 ST BAD BOYS J 仮面ティーチャー 49 裁判長っ!おなか空きました! ダンダリン 明日、ママがいない ごくせん 弱くても勝てます 花咲舞が黙ってない ハケンの品格 マジすか学園4(テレビ東京から移籍)学校のカイダン Dr.倫太郎 ドS刑事 ド根性ガエル 怪盗山猫 ヒガンバナ 家売るオンナ HiGH&LOW お迎えデス。 ラストコップ レンタル救世主 地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子 スーパーサラリーマン左江内氏 東京タラレバ娘 母になる ボク、運命の人です。 未満警察 ハコヅメ~たたかう!交番女子~ ドン★キホーテ
日曜ドラマ(放送された作品は該当項目を参照)
スペシャル番組
はじめてのおつかい 24時間テレビ 欽ちゃんの仮装大賞 アメリカ横断ウルトラクイズ 高校生クイズ リアルロボットバトル スーパークイズスペシャル ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!! 鳥人間コンテスト選手権大会 東京箱根間往復大学駅伝競走
映画
金曜ロードショー(2012年4月6日 - 2021年3月26日までは「金曜ロードSHOW!」表記)
主なアナウンサー
- 金原二郎
- 久能靖
- 徳光和夫
- 小林完吾
- 福留功男
- 1966年入社。入社当初は報道局記者で1970年からアナウンサー。アナウンサーとなった後も閑職に回された時期が長かったが、それを逆手にとった「アメリカ横断ウルトラクイズ」の司会者として人気を上げ、遂には徳光からズームイン!!の司会を引継いで朝の顔に。1991年に日本テレビを退職、その後は司会者の傍らジャーナリストやマスコミ論を語る活動も行っている。
- 石川牧子
- 1970年入社。「NNNジャストニュース」のアシスタントを1975年1月の立上から1982年3月まで務めた他、「元祖どっきりカメラ」や「アメリカ横断ウルトラクイズ」のアシスタントも務めるなど、マルチに活躍した。
- その功績を認められたのか、1997年6月から4年間、アナウンス部長を務めた。
- 楠田枝里子
- 1974年入社。「(資生堂提供)おしゃれ」のアシスタントを務める。1981年9月に日本テレビを退職。退職後に「なるほど!ザ・ワールド」(フジテレビ)のアシスタントや「世界まる見え!テレビ特捜部」の司会(初代)で名を馳せた。
- 小山田春樹
- 1977年入社。「金曜10時!うわさのチャンネル!!」で名前を売った後、報道局記者に転身。1986年に日本テレビを退職。退職後は「おはよう!ナイスデイ」(フジテレビ)、「ルックルックこんにちは」のリポーターなどを担当。2011年に東日本大震災を機に活動拠点を関西地方に移した。
- 井田由美
- 木村優子
- 1983年入社。この人も「ルンルンあさ6生情報」で名前を売り、その後「マジカル頭脳パワー」初代アシスタントを務めた。報道局に異動し記者に転身、「NNNニュースプラス1」のメインキャスターを務めた。
- 船越雅史
- 斉木かおり
- 大杉君枝
- 福澤朗
- 永井美奈子
- 河村亮
- 1991年入社。プロ野球・箱根駅伝中継や「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」進行役等を担当。
- 日本テレビ在職中の2022年5月14日に脳出血により他界。
- 薮本雅子
- 1991年入社。日本テレビ入社前はジューシィ・フルーツのキーボーディスト。「スーパーJOCKEY」のアシスタントなどで活躍。アナウンサーユニット「DORA」でも活躍。その後、報道局記者への移動を経て2001年に日本テレビを退職。
- 笛吹雅子
- 大神いずみ
- 1992年入社。「ウンナン世界征服宣言」のアシスタントなどで活躍。入社当初からバラエティの洗礼を受けたひとり。1999年に日本テレビを退職。
- 藤井恒久
- 羽鳥慎一
- 藤井貴彦
- 1994年入社。入社当初は「ウリナリ」でドーバー仮面に扮するなどバラエティの洗礼を受けた。「news every.」メインキャスター等を担当。2024年に日本テレビを退職。
- 森富美
- 1996年入社。「踊る!さんま御殿!!」などナレーションとしても活動。
- 馬場典子
- 河合彩
- 山本真純
- 森圭介
- 2001年入社。読売テレビ制作バラエティ番組「新どっちの料理ショー」2代目関口厨房担当を2006年1月から2012年4月19日まで務める。
- 西尾由佳理
- 2001年入社。「(報知)SPORTSMAX」の司会で名前を売り、「謎を解け!まさかのミステリー」アシスタントや「ズームイン!!SUPER」2代目アシスタント、「世界まる見え!テレビ特捜部」2代目司会を務めた。2011年8月に日本テレビを退職。
- プロレスリング・ノア中継で実況を担当したことがある。
- 人気アナウンサーであるにもかかわらず「あたしゃ金より休みが欲しい」と漏らしてしまったことがある。
- 上重聡
- 青木源太
- 2006年入社。ジャニーズオタクを自称。2020年9月に退社してフリー。
- 桝太一
- 2006年入社。朝の情報番組「ZIP!」の司会を10年務めてバンキシャの司会を福澤から引継ぐ。東大大学院で水生生物の研究をしていた経緯から鉄腕ダッシュにも良く駆り出されている。2022年3月に研究者に転身するため日本テレビを退職するが、番組出演は継続しており、京田辺の同志社大学から東京へ向かっている。
- 夏目三久
- 水卜麻美
- 2010年入社。2022年からは女性アナとして初の朝の顔を務めることとなる。
- 徳島えりか
- 2011年入社。
- 安村直樹
- 2012年入社。
- 中島芽生
- 2013年入社。
- 滝菜月
- 2016年入社。
- 市來玲奈
- 岩田絵里奈
特徴
視聴率のためには手段を選ばない社風であり、1990年代中盤以降は字幕テロップの乱発やCMまたぎの演出を生み出し、さらに「電波少年」や「お笑いウルトラクイズ」などでの体を張った企画や「それは秘密です!!」から発展したお涙頂戴演出で一気に「視聴率三冠王」と称するほどにまでなった。
だがその結果、近年はバラエティは番組至上の傾向が強く、スポーツ番組には明石家さんまや上田晋也といった場違いとも言える芸風のタレントを司会に起用し、視聴者から批判や不満の声が挙がっている。
さらに、2016年に「笑点」の新メンバーに抜擢された2代目林家三平は、父である先代とは真逆のつまらなさで視聴者から不評を買い、2021年に番組を降板になったり、2019年に「ウチのガヤがすみません!」でブレイクしたフワちゃんは、先輩芸能人に対するタメ口を始めとした傍若無人な態度が視聴者の反感を買い、2024年にはSNS上での暴言で炎上し活動休止に追い込まれるなど、番組のレギュラーに起用したタレントによる問題も増え続け、これらタレントの起用法に対する批判も多くなっている。
ゴールデン枠におけるバラエティの長寿化が顕著で、「世界まる見えテレビ特捜部」「ザ!世界仰天ニュース」「ぐるぐるナインティナイン」「ザ鉄腕DASH」「行列のできる相談所」はいずれも20年以上続いている。
また、「日テレの辞書に"自粛"の二字はない」と言えるまでにイベントを強行開催する傾向があり、「24時間テレビ」はまさにその意向がもろに反映されている。
かつては年末の大型時代劇や「すばらしき世界旅行」「追跡」といったドキュメンタリー・情報番組でその頭角を表していたが、今やその面影はない。
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