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笑点

しょうてん

笑点とは、日テレで放送されているお笑い番組である。 50年以上続いており、テレビ番組としては最長寿番組のひとつに数えられる。
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パッパカスチャラカッ、チャッチャ!パフッ♪♪
パッパカスチャラカッ、チャッチャ!パフッ♪♪

概要

日本テレビ系列で毎週日曜日の夕方に放送しているお笑い番組。
前半は漫才、コント、落語などの演芸で、後半は、大喜利となる。場合によってはこの大喜利を指して「笑点」と呼ぶこともある。
なお、この編成になったのは最近のことである。
通常は後楽園ホールで収録されるのだが、年に3〜4回全国のどこかの都道府県に出張し、2週に渡って放送する「地方収録」がある。この地方収録、日テレ系でホールに観客を入れて公開収録を行う番組が少ないために系列局から収録の依頼が殺到している状態である。そのため激しい誘致競争に勝ち抜くため、開局周年記念で行われることがほとんどだが、関西地区での地方収録は行われていない。

OPで流れている『笑点のテーマ』(作曲:中村八大)も有名だが、実は放送当初は歌詞が付いていた。
だが歌っていた当時の笑点メンバーがあまりにも下手くそだったために数回でボツになり、以降は曲のみが流れる事となった。これは後に『トリビアの泉』で取り上げられ、一躍話題となった。
なお、笑点のテーマの最後に「パフッ♪」と鳴るのは実は演奏上本来は存在しない音でありアクシデントであったが、タイミングが良くマッチした為そのままになった逸話がある。

現在の笑点のテーマは実は2代目。1967年1月から初代司会者の立川談志が降板するまで笑点音頭が流れていた。作詞は立川談志。歌は立川談志。石井伊吉三遊亭圓楽桂歌丸柳亭小痴楽三遊亭金遊林家こん平
こちらは談志がメインで歌い、それ以外のメンバーはバックコーラスでの参加だった。

大喜利

司会者がお題を読み上げ、メンバーがそのお題に沿った回答をしていき、いい答えには座布団をあげ、悪い答えには逆に座布団を没収している。
座布団の権限はたいていは司会者にあるが、座布団運びまたはメンバーの気分であげたりとったりする場合もある。そして見事に座布団10枚を達成したメンバーには、「キーワード」に因んだご褒美が与えられる。

※座布団10枚の達成者・ご褒美は座布団10枚を参照のこと。

なお、歌丸が5代目圓楽の代理として司会を務めていた2006年5月7日放送回(2015回)には、たい平が「少年よ大志を抱け」のキーワードにちなんで(?)タイから空輸してきた石、即ち「タイ石(証拠写真付き)」を獲得している。また、小遊三については、5代目圓楽が最後にレギュラーで司会を務めた2005年10月16日放送回(1988回)で「明日は明日の風が吹く」にちなんで、5代目圓楽の自宅押し入れから出てきた10年前の扇風機を獲得して以来、長らく10枚獲得がなかった。しかし、2013年12月1日放送回で10枚を獲得し、司会を歌丸が実質的に継承してから8年経って、漸く大喜利メンバー全員が座布団10枚獲得をなしとげた。
2015年5月24日からの賞品のキーワードは「笑点50周年にふさわしい超ものすごい商品」で、2016年5月8日放送回で昇太が獲得。50万円の南部箒が贈られ、舞台を掃除するというオチが付いた。
昇太司会就任後は座布団10枚のキーワードは特になく、2017年11月12日以降は「十枚箱に入っている素晴らしい賞品」が贈られると毎回説明が入る。

2016年5月22日放送回で、桂歌丸が最後の大喜利司会を務め、次代司会に春風亭昇太を指名した。

また、その年の最後の放送になると「年忘れ大喜利大会」と題し、3VS3のチーム対抗で大喜利を行うこともある。5代目圓楽政権では、毎回チーム編成が変わっていたが、歌丸政権では、「木久扇・好楽・小遊三」の年寄りチームと、「6代目円楽・昇太・たい平」の若手チームに固定されている。
2011年終了時点での戦績は以下の通り。

第1戦目(2007年)年寄りT ○-× 若手T
第2戦目(2009年)年寄りT ×-○ 若手T
第3戦目(2010年)年寄りT ×-○ 若手T
第4戦目(2011年)年寄りT ×-○ 若手T

本来、大喜利は寄席での余興であってその日の出演者達へのアンコール演目である。


メンバー

笑点・大喜利メンバー
タクティクス大喜利


現在の出演者(2016年5月29日現在)

司会者

名前出演期間司会在任期間
春風亭昇太(6代目司会者)2006年5月14日 - 2016年5月29日 - 

メンバー
名前出演期間
林家木久扇(旧名:初代林家木久蔵1969年11月9日 - 
6代目三遊亭円楽(旧名:三遊亭楽太郎)1977年8月28日 - 
三遊亭好楽(旧名:林家九蔵)1979年9月9日 - 1983年10月9日、1988年4月3日 - 
三遊亭小遊三1983年10月16日 - 
林家たい平2004年12月26日 - 
2代目林家三平(旧名:林家いっ平)2016年5月29日 - 

座布団運び
名前出演期間
山田隆夫1984年10月7日 - 

過去の出演者

現在でこそ「笑点メンバー」というキーワードが一般化しているが、もともとは『金曜夜席』からの流れで真打に昇進したばかりの若手噺家がテレビでの顔見せに登場する場としていたため、2年ぐらいのスパンで回答者がほぼほぼいれかわる程度に出入りが激しかった。初代司会の談志の時代は(『金曜夜席』からの流れで)一貫して回答者5人。その後、前武交代直後に4対4の対戦形式を試すも不評で、1970年6月から現在の回答者6人体制となる。その後も入れ替わりはそこそこ頻繁に行われ、席の配置も頻繁に変えていた。初回からほぼ通しで出演していたのは三遊亭小圓遊と桂歌丸の2人ぐらい。
ここまでに看板的出演者だった小圓遊と三波がレギュラー出演のまま急逝しており、「『笑点』に長く出続けるとよろしくない死に方をする」という曰くまでついてしまう。この事もあって三波の死後、方々に司会を打診するもすべて断られ、やむなく7代目談志が降板する際になるべく噺家から大喜利の司会を出すなと言う意向を破って5代目圓楽に司会を打診することになる。余談だが、この談志も立川流の去就問題もあって一時期かなり追い詰められており、自殺騒動に発展している(談志の自殺願望を見抜いたのは木久扇の師匠である8代目林家正蔵、後の林家彦六)。結局は2011年に天寿を全うしたが。この事があって、5代目圓楽は身体の自由がまだしも効くうちに笑点を降板することを決意し、歌丸もまたそれに倣ったことで上記のイメージを払拭した。
5代目圓楽が司会に就任して以降、メンバー入れ替えが抑えられるようになり、1986年にほぼメンバー・席順とも固定化された。その後、1988年に一番圓楽よりにいた桂才賀が卒業し好楽と交代(復帰)、1992年にその好楽が師匠の圓楽に激しく叱責されたことをきっかけにまともに回答できなくなってしまったため、見かねた小遊三が自分と席を入れ替えさせたことで現在の配置となる(この時圓楽の方は歌丸が諌めている)。その後はこん平の病気休場による長期離脱に伴うたい平の代理出演(後正式メンバー化)、圓楽引退・歌丸司会就任に伴う昇太加入、歌丸引退・昇太司会就任に伴う三平加入など、個々のメンバーのリタイヤに伴う入れ替わりのみになった。

司会者

名前司会者の期間回答者としての出演期間備考
初代7代目立川談志1965年3月12日※1 - 1969年11月2日 なし
2代前田武彦1969年11月9日 - 1970年12月13日 なし落語家ではない
3代初代三波伸介1970年12月20日 - 1982年12月26日※2 なし落語家ではない
臨時愛川欽也1983年1月2日※3 なし落語家ではない
4代5代目三遊亭圓楽1983年1月9日 - 2006年5月14日※41965年※1 - 1969年3月30日/1970年6月21日 - 1977年3月27日2008年にもスポット出演あり
5代桂歌丸2006年5月21日 - 2016年5月22日1966年5月15日 - 1969年3月30日/1969年11月9日 - 2006年5月14日※5
※1:『金曜夜席』時代
※2:三波はこの年の12月8日に急逝したため、年末特番体制を前倒しして乗り切った。
※3:三波の急逝に伴い、正月特番のピンチヒッターとして起用。視聴者の評判はよく、そのまま正式な司会就任を要望されるも落語家をまとめる重責から断っている。同様のオファーは東八郎と山城新伍にも出されていた。
※4:5代目圓楽は『金曜夜席』時代初期にも大喜利のみ司会を努めたが、カラー化前に自らの希望で回答者に回り、司会を談志に交代した。
※5:歌丸は2016年の勇退後、終身名誉司会者として遇され、逝去するまで勤めた。その後、死去に伴って永世名誉司会に変わった。

レギュラーメンバー
初代柳亭小痴楽(のちの2代目春風亭梅橋
林家こん平(休演中)
4代目三遊亭小圓遊
柳家かゑる(現:5代目鈴々舎馬風
三升家勝二(現:8代目三升家小勝
柳家さん吉
三遊亭好生(のちの春風亭一柳
春風亭栄橋
2代目三遊亭歌奴(現:3代目三遊亭圓歌
4代目三遊亭金馬
柳家小きん(のちの6代目柳家つば女
6代目三遊亭圓窓
三笑亭夢之介
古今亭朝次(現:7代目桂才賀

座布団運び
三升家勝松(現:4代目桂文字助
毒蝮三太夫
三遊亭笑遊(現:5代目三遊亭圓遊
初代三笑亭夢丸
小野千春
ヨネスケ
松崎真

色紋付

大喜利メンバーは全員色紋付を着用している。当初は冬場の数ヶ月のみ着用していたが、カラーテレビの普及に伴い、カラー映像の色調整の意味合いもあって色紋付が定着した。

色は用意されたものを各メンバーが適当に選んだものがそのまま定着した。

派生番組

BS日テレで派生番組が放送されている。

笑点なつかし版

BS日テレで毎週火曜日と水曜日に放送される。
笑点デラックスの後継番組で、数度の改変を経て、現在は火曜日には桂歌丸司会時代が、水曜日には5代目三遊亭圓楽司会時代が放送される。

笑点 特大号

毎週水曜日にBS日テレで放送。
ディレクターズカットの大喜利や新撮の演芸などが放送される。若手大喜利もこの番組でよく放送され、春風亭吉好師匠が出演したこともある。

余談

放送事故

1987年6月、笑点の前座枠にて放送された『NNNニューススポット』のオープニングで笑点のテーマが流れる放送事故が発生した。

大喜利の座布団

笑点の座布団は一般の座布団より重く作られており、重ねて座った際に崩れにくくなるようになっている。その為、座布団運びでまとめて数枚持って行く場合、特に没収時は結構な重量になるという。その座布団の価格は高級ちりめんで作られていることもあって、約36000円である。

上方落語と笑点

笑点の大喜利は江戸落語の噺家でメンバーが固められているが、演芸コーナーでは関西の漫才師が度々登場することからも分かる通り江戸落語の業界の排他性をある程度排除している(上方落語にも上方落語協会はあるが、江戸落語の3派(落語芸術協会落語協会圓楽一門会)と異なり儀礼的組織で興行は芸能事務所に所属して芸能事務所が執り行う。上方落語家が漫才師やその他のお笑い芸人との垣根が低いのはこのためである)。また正月のスペシャル番組や上方落語家と笑点メンバーの選抜組とがチーム対抗する東西大喜利対決も行われている。
また、笑点の司会席はもともと見台膝隠と呼ばれる上方落語の道具である(江戸落語では邪道とされる)。

関連タグ

テレビ番組 落語 座布団一枚
松点おそ松さんとのコラボタグ

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