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笑点

しょうてん

笑点とは、日テレで放送されているお笑い番組である。 50年以上続いており、テレビ番組としては最長寿番組のひとつに数えられる。
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パッパカスチャラカッ、チャッチャ!パフッ♪♪
パッパカスチャラカッ、チャッチャ!パフッ♪♪

概要

日本テレビ系列で毎週日曜日の夕方に放送しているお笑い番組。
前半は漫才、コント、落語などの演芸で、後半は、大喜利となる。場合によってはこの大喜利を指して「笑点」と呼ぶこともある。
なお、この編成になったのは最近のことである。
通常は後楽園ホールで収録されるのだが、年に3〜4回全国のどこかの都道府県に出張し、2週に渡って放送する「地方収録」がある。この地方収録、ネット局から収録の依頼が殺到している状態である。そのため激しい誘致競争に勝ち抜くため、開局周年記念で行われることがほとんどだが、関西地区での地方収録が行われていない。関西エリアのネット局である読売テレビが地方収録の依頼を出さないことが原因と考えられている。
これには大きく2つ理由があると考えられ、まず江戸落語家の番組である笑点が頻繁に上方落語の“聖地”に出入りするのはまずいということがある。この背景には江戸落語界と上方落語界の構造の違いがあり、落語芸術協会と落語協会の2大メジャー団体が自ら寄席を主催する江戸落語界に対し、上方落語協会は常設の寄席は1件しか持っておらず、講演会などはプロの興行屋(芸能事務所)に依頼するという構造をとっているからである。江戸落語界では今尚テレビに露出しすぎるのを邪道とする主張が根強いのに対し、上方落語界では早いうちからそれも大御所と呼べる噺家たち(笑福亭一派など)が洋服でテレビにバンバン出ているのはこれが理由である。上方落語界に睨まれると同時に吉本興業など大阪拠点の有力芸能事務所とも険悪になってしまい、読売テレビ製作の番組に悪影響が出るだけでなく日本テレビ自身も不利益を被る可能性が高い。上方落語界と江戸落語界は別に険悪ではないが、年中大阪で収録するとなると余計な波風を立てることになるため避けていると思われる。
この裏付けとして2011年の東日本大震災時の東京電力管内電力危機の際、笑点は“大阪への脱出”ができず、照明を削減する、空調を制限するなどの節電対策を続けながら後楽園ホールでの収録を続けた。
もうひとつは、名誉司会者の桂歌丸の著書で大阪府寝屋川市で公録を行った際、読売テレビ側がきちんとした対応をとらなかったということで局と出演者たちの間で対立が起きた」というエピソードが紹介されており、それが原因ではないかという説もある。

OPで流れている『笑点のテーマ』(作曲:中村八大)も有名だが、実は放送当初は歌詞が付いていた。
だが歌っていた当時の笑点メンバーがあまりにも下手くそだったために数回でボツになり、以降は曲のみが流れる事となった。これは後に『トリビアの泉』で取り上げられ、一躍話題となった。
なお、笑点のテーマの最後に「パフッ♪」と鳴るのは実は演奏上本来は存在しない音でありアクシデントであったが、タイミングが良くマッチした為そのままになった逸話がある。

大喜利

司会者がお題を読み上げ、メンバーがそのお題に沿った回答をしていき、いい答えには座布団をあげ、悪い答えには逆に座布団を没収している。
座布団の権限はたいていは司会者にあるが、座布団運びまたはメンバーの気分であげたりとったりする場合もある。そして見事に座布団10枚を達成したメンバーには、「キーワード」に因んだご褒美が与えられる。

※座布団10枚の達成者・ご褒美は座布団10枚を参照のこと。

なお、歌丸が5代目圓楽の代理として司会を務めていた2006年5月7日放送回(2015回)には、たい平が「少年よ大志を抱け」のキーワードにちなんで(?)タイから空輸してきた石、即ち「タイ石(証拠写真付き)」を獲得している。また、小遊三については、5代目圓楽が最後にレギュラーで司会を務めた2005年10月16日放送回(1988回)で「明日は明日の風が吹く」にちなんで、5代目圓楽の自宅押し入れから出てきた10年前の扇風機を獲得して以来、長らく10枚獲得がなかった。しかし、2013年12月1日放送回で10枚を獲得し、司会を歌丸が実質的に継承してから8年経って、漸く大喜利メンバー全員が座布団10枚獲得をなしとげた。
2015年5月24日からの賞品のキーワードは「笑点50周年にふさわしい超ものすごい商品」。

2016年5月22日放送回で、桂歌丸が最後の大喜利司会を務め、次代司会に春風亭昇太を指名した。

また、その年の最後の放送になると「年忘れ大喜利大会」と題し、3VS3のチーム対抗で大喜利を行うこともある。5代目圓楽政権では、毎回チーム編成が変わっていたが、歌丸政権では、「木久扇・好楽・小遊三」の年寄りチームと、「6代目円楽・昇太・たい平」の若手チームに固定されている。
2011年終了時点での戦績は以下の通り。

第1戦目(2007年)年寄りT ○-× 若手T
第2戦目(2009年)年寄りT ×-○ 若手T
第3戦目(2010年)年寄りT ×-○ 若手T
第4戦目(2011年)年寄りT ×-○ 若手T

本来、大喜利は寄席での余興であってその日の出演者達へのアンコール演目である。

大喜利台本説

笑点に批判的な噂の一つに「大喜利には台本がある」「あの掛け合いは全部ヤラセ」というものがある。たしかに台本は存在し、問題は出演者に事前に提示されている。が、番組進行のたたき台となる台本が存在しているのは当たり前のことで、おおよそ民放には(報道も含めて)“台本”が存在しないテレビ番組はないといっていい。むしろ、一般に対するイメージとは逆に、スタジオ収録→笑点のような公開収録→生番組、の順に台本は固くなっていく。これは民放はスポンサーに対しタイムテーブルを守る責任があるからである(これに対してNHKは、自局内の責任でタイムテーブルを適時微調整できるため、イメージに反して民放より緩い)。

「大喜利台本説」の大本は初代司会の7代目立川談志。そもそも番組進行を巡って制作サイドと対立したことが笑点降板の直接の原因だったと言われている(表向きは、参院選立候補のため)。しかし、談志は5代目圓楽や歌丸と懇意にしていたこともあり、議員辞職後落語会に戻っても笑点の悪評を高めようとするようなことはせず、「大喜利台本説」は一種の都市伝説となった。

しかしそれを司会も二度交代し制作体制も談志時代とはまったく異なった5代目圓楽司会時代の1990年代末期になって蒸し返したのがビートたけしである
たけしはツービートとして売り出し始めていた頃、まっさきに談志が「これは売れる」と認めてくれたことから談志に陶酔し、その影響で「大喜利台本説」が刷り込まれてしまった。その後、たけし自身がビッグネームになったこともあり、笑点関係のスキャンダル報道、もしくはスキャンダル隠しのために週刊誌などゴシップメディアに発言させられては利用されている。

そもそもたけしはさんまと並ぶ失言王。それも落語関係に限っては自身が噺家崩れのさんまは迂闊なことを言わないため、勢いたけしが利用される。
5代目圓楽、ましてや歌丸時代の大喜利がガチガチの台本であれをやっているんだったら、今日本で映画俳優を名乗っている連中は全員廃業したほうがいいことは言うまでもないのだが、映画を撮っているたけしはそのことが理解できないほど今でも談志を陶酔しているのだろうか?

メンバー

笑点・大喜利メンバー
タクティクス大喜利


現在の出演者(2016年5月29日現在)

司会者

名前出演期間司会在任期間
春風亭昇太(6代目司会者)2006年5月14日 - 2016年5月29日 - 

メンバー
名前出演期間
林家木久扇(旧名:初代林家木久蔵1969年11月9日 - 
6代目三遊亭円楽(旧名:三遊亭楽太郎)1977年8月28日 - 
三遊亭好楽(旧名:林家九蔵)1979年9月9日 - 1983年10月9日、1988年4月3日 - 
三遊亭小遊三1983年10月16日 - 
林家たい平2004年12月26日 - 
2代目林家三平(旧名:林家いっ平)2016年5月29日 - 

座布団運び
名前出演期間
山田隆夫1984年10月7日 - 

過去の出演者

現在でこそ「笑点メンバー」というキーワードが一般化しているが、もともとは『金曜夜席』からの流れで真打ちに昇進したばかりの若手噺家がテレビでの顔見せに登場する場としていたため、2年ぐらいのスパンで回答者がほぼほぼいれかわる程度に出入りが激しかった。初代司会の談志の時代は(『金曜夜席』からの流れで)一貫して回答者5人。その後、前武交代直後に4対4の対戦形式を試すも不評で、1970年6月から現在の回答者6人体制となる。その後も入れ替わりはそこそこ頻繁に行われ、席の配置も頻繁に変えていた。初回からほぼ通しで出演していたのは三遊亭小圓遊と桂歌丸の2人ぐらい。
ここまでに看板的出演者だった小圓遊と三波がレギュラー出演のまま急逝しており、「『笑点』に長く出続けるとよろしくない死に方をする」という曰くまでついてしまう。この事もあって三波の死後、方々に司会を打診するもすべて断られ、やむなく7代目談志が降板する際になるべく噺家から大喜利の司会を出すなと言う意向を破って5代目圓楽に司会を打診することになる。余談だが、この談志も立川流の去就問題もあって一時期かなり追い詰められており、自殺騒動に発展している(談志の自殺願望を見抜いたのは木久扇の師匠である8代目林家正蔵、後の林家彦六)。結局は2011年に天寿を全うしたが。この事があって、5代目圓楽は身体の自由がまだしも効くうちに笑点を降板することを決意し、歌丸もまたそれに倣ったことで上記のイメージを払拭した。
5代目圓楽が司会に就任して以降、メンバー入れ替えが抑えられるようになり、1986年にほぼメンバー・席順とも固定化された。その後、1988年に一番圓楽よりにいた桂才賀が卒業し好楽と交代(復帰)、1992年にその好楽が師匠の圓楽に激しく叱責されたことをきっかけにまともに回答できなくなってしまったため、見かねた小遊三が自分と席を入れ替えさせたことで現在の配置となる(この時圓楽の方は歌丸が諌めている)。その後はこん平の病気休場による長期離脱に伴うたい平の代理出演(後正式メンバー化)、圓楽引退・歌丸司会就任に伴う昇太加入、歌丸引退・昇太司会就任に伴う三平加入など、個々のメンバーのリタイヤに伴う入れ替わりのみになった。

司会者

名前司会者の期間回答者としての出演期間備考
初代7代目立川談志1965年3月12日※1 - 1969年11月2日 なし
2代前田武彦1969年11月9日 - 1970年12月13日 なし落語家ではない
3代初代三波伸介1970年12月20日 - 1982年12月26日※2 なし落語家ではない
4代5代目三遊亭圓楽1983年1月9日 - 2006年5月14日※31965年※1 - 1969年3月30日/1970年6月21日 - 1977年3月27日2008年にもスポット出演あり
5代桂歌丸2006年5月21日 - 2016年5月22日1966年5月15日 - 1969年3月30日/1969年11月9日 - 2006年5月14日※4
※1:『金曜夜席』時代
※2:三波はこの年の12月8日に急逝したため、年末特番体制を前倒しして乗り切るも、正月特番に笑点があり司会者・案内役不在という前代未聞の事態になった。
※3:5代目圓楽は『金曜夜席』時代初期にも大喜利のみ司会を努めたが、カラー化前に自らの希望で回答者に回り、司会を談志に交代した。
※4:歌丸は2016年の勇退後、終身名誉司会者として遇され、逝去するまで勤めた。その後、死去に伴って永世名誉司会に変わった。

レギュラーメンバー
初代柳亭小痴楽(のちの2代目春風亭梅橋
林家こん平(休演中)
4代目三遊亭小圓遊
柳家かゑる(現:5代目鈴々舎馬風
三升家勝二(現:8代目三升家小勝
柳家さん吉
三遊亭好生(のちの春風亭一柳
春風亭栄橋
2代目三遊亭歌奴(現:3代目三遊亭圓歌
4代目三遊亭金馬
柳家小きん(のちの6代目柳家つば女
6代目三遊亭圓窓
三笑亭夢之介
古今亭朝次(現:7代目桂才賀

座布団運び
三升家勝松(現:4代目桂文字助
毒蝮三太夫
三遊亭笑遊(現:5代目三遊亭圓遊
初代三笑亭夢丸
小野千春
ヨネスケ
松崎真

派生番組

BS日テレで派生番組が放送されている。

笑点なつかし版

BS日テレで毎週月曜日と火曜日に放送される。
笑点デラックスの後継番組で、数度の改変を経て、現在は火曜日には桂歌丸司会時代が、水曜日には5代目三遊亭圓楽司会時代が放送される。

笑点 特大号

毎週水曜日にBS日テレで放送。
ディレクターズカットの大喜利や新撮の演芸などが放送される。若手大喜利もこの番組でよく放送され、春風亭吉好師匠が出演したこともある。

余談

放送事故

1987年6月、笑点の前座枠にて放送された『NNNニューススポット』のオープニングで笑点のテーマが流れる放送事故が発生した。

日テレの保存軽視体質

この種の放送事故の記録が残っていないのが日本テレビである。NHK含め他社はBPOや監督省庁、警察・検察から放送内容についてツッコまれたときのために記録をとっており、かつてはバラエティ番組や生ニュース放送でも同軸ムービーカメラ(16mm銀塩フイルム映画)で映像を記録、音声は磁気テープ(オープンリールorカセット)で保存していた。1980年代後半ともなるとフジなどはもう記録保存は磁気ビデオのベータマチックである(そして年末特番などで笑いものにする)。ところが日本テレビはその成り立ち故にこういったことに無頓着で、ビデオテープは再利用、同軸ムービーカメラも1979年まで使っていなかった。後に収録番組や報道のレポート用カメラは同軸ムービーカメラを装備するものの、スポットニュースのスタジオカメラなどはデジタル化まで流しっぱなしだったようである。まぁ、撮ってても環境劣悪な倉庫で(文字通り)腐らせたNHKも大概だけどな

この為、『笑点』も他局のクイズやバラエティ、例えば『8時だョ!全員集合』や『なるほど・ザ・ワールド』と同時期にもかかわらず保存されていない(『全員集合!』は生放送にもかかわらずほぼすべての回が16mmシネフィルムまたはベータマチックで保存されている。フジに至っては豪華にも1970年代末期にはオープンリールビデオで保存していたようである)。
1980年以前の笑点の保存動画は絶望的で、音声テープのみ残っているか、偶然にもテープが再利用されなかったか、(この頃まだ非常に少ない)ホームビデオに録画されていたものが偶然残っていたか、のいずれかである。

大喜利の座布団

笑点の座布団は一般の座布団より重く作られており、重ねて座った際に崩れにくくなるようになっている。その為、座布団運びでまとめて数枚持って行く場合、特に没収時は結構な重量になるという。その座布団の価格は高級ちりめんで作られていることもあって、約36000円である。

上方落語と笑点

笑点の大喜利は江戸落語の噺家でメンバーが固められているが、演芸コーナーでは関西の漫才師が度々登場することからも分かる通り江戸落語の業界の排他性をある程度排除している(上方落語にも上方落語協会はあるが、江戸落語の3派(落語芸術協会落語協会圓楽一門会)と異なり儀礼的組織で興行は芸能事務所に所属して芸能事務所が執り行う。上方落語家が漫才師やその他のお笑い芸人との垣根が低いのはこのためである)。また大笑点などスペシャル番組の際には上方落語家と笑点メンバーの選抜組とがチーム対抗する東西大喜利対決も行われている。
また、笑点の司会席はもともと見台膝隠と呼ばれる上方落語の道具である(江戸落語では邪道とされる)。

2020年危機

人気長寿番組として安泰の地位にあるかと思われている笑点だが、2016年の歌丸降板を機に視聴率の微減が続き、その存続が危ぶまれている。
元々、視聴者層が被る、とされていた大相撲中継が実施されると数字が一時的に下がる、とされていた。しかし、実際にはネットでネタにされることでわかる通り笑点の視聴者層はそれほど高くなく、大相撲中継とのラップは深刻ではない。

  • 確かに2016年・2017年はそのようなデータが出ているが、これは逆である稀勢の里高安の活躍により日本人力士復権の時期となったため、大相撲中継側の視聴者層が若返ったのだ。
  • また、コマーシャルの傾向が線香介護用品などであることによる誤解もある。少し考えるとわかるのだが、これらの商品は現役世代にこそ認知してもらわなければならないものであり、高齢者向けのコマーシャルではない。またサントリーなど、完全に笑点を使って若者をターゲットにしたコラボ企画を行うスポンサーもいる。

その状況下、2017年3月には11.8%と「笑点に限ってはありえない」数字が出てしまった。さらに2018年には笑点メンバーのほぼ全員を巻き込む「林家九蔵襲名中止騒動」が発生し、その影響で平均視聴率が一気に5ポイントほど下がる結果になった。

実は、日本テレビは長寿番組を大切にしない。『ニュースZERO』の前番組である『今日の出来事』は、その時点では日本最長寿番組であり、それまでの実績としては視聴率が下落傾向にあるわけでもなかったが、TBSの『ニュース23』やフジテレビの『ニュースJAPAN』に対抗するためのよりライトなワイドニュースショーとするためにあっさりと終了に追い込まれてしまっている。
他にも日本テレビは、『思いっきりDON!』など、まだテコ入れの余地がある、数字は充分に取れている、それを終了改編したところで数字が良くなるのか不透明、といった時点で番組を終了させてしまうことが(特に近年は)非常に多い

そしてターニングポイントとなりうるのが2020年春改編である。言うまでもないが、この改編期は東京オリンピックに向けた改編となるため、大規模な改編が予測される。この際、笑点も一緒に終了してしまおう、という流れになる可能性が高いといえる。

長寿番組を大切にしない日本テレビ、と書いたものの、実際に「林家九蔵襲名中止騒動」による視聴率下落までは、存続するための方策を採ってきた。しかし、現状それらがことごとく裏目に出てしまっており、むしろBSで再放送している歌丸司会時代の笑点の方が若年層に人気があるという始末となっている。

この為、現状のまま2020年を迎えるのは笑点にとってかなり深刻な事態になりうると言えよう。

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