概要
毒蝮三太夫は、日本の俳優・タレントである。本名および旧芸名は石井伊吉(いしい いよし)。1936年3月31日生まれ。
1969年からTBSラジオで放送されている『毒蝮三太夫のミュージックプレゼント』では、観客相手に「汚ねえババアだな」「くたばりぞこないのジジイ」など毒舌を飛ばし、逆にそれがウケて40年以上も続く長寿番組となっている。
愛称は「まむちゃん」。
『巣鴨のアイドル』『おばあちゃん達のアイドル』の異名が物語るように中高年に人気を持つ。
来歴
大工の息子として大阪府大阪市住吉区に生まれ、生後三か月で東京府東京市荘原区中延に転居。戦時中は横浜市の親戚宅に疎開していた。
1948年に『鐘の鳴る丘』で子役デビュー。これを機に児童劇団に入る。
その後は高校卒業まで劇団に所属し、卒業後は「劇団山王」を組織した。
テレビドラマにも草創期の1950年代から出演、『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』出演により子供たちの人気者となった。
芸名の由来
『ウルトラマン』出演中に立川談志の誘いで『笑点』の座布団運びを務めることになったが、いずれも日曜放送の番組でありTBSテレビ・日本テレビ双方に「なんでアラシ隊員が座布団運びやってるんだ」といった苦情が相次いでしまったことから「笑点」出演時に限り芸名を名乗ることになった。
芸名の毒蝮三太夫は毒舌が板についた頃あたりに立川談志や五代目三遊亭圓楽から「蝮」と呼ばれたあだ名に由来し、ウルトラシリーズに出演した経験から怪獣に負けないようにという気持ちを込めたらしい。
「三太夫」は『談志専科』で殿様役の談志の家老三太夫として出演していたことに由来する。
当初はあくまで『笑点』限定の芸名のつもりだったが、毒蝮という響きのインパクトからすっかりこちらが定着してしまい、『ウルトラセブン』放送終了後は毒蝮三太夫名義に統一している。
毒舌について
実は彼は当初は毒舌キャラではなく、ミュージックプレゼントでも初期は観客に当たり障りのない喋りだったが、転機となったのは自身の母親を亡くした事から来ている。
亡くしてからしばらくたった頃に元気な老人を見て「自分の母親は死んでしまったのに、なんでこの年寄りはピンピンしてるんだ」と悲しみと嫉みが混じった複雑な心境から生まれたものであった。当然「ババア」「ジジイ」発言は苦情が来たが、逆にあえてこの路線を継続したところ中高年層にウケる事となり、今に至る。
現在80を越えた毒蝮氏も老年期に入って文字通り「ジジイ」になった事で自分より若い中高年層が現れた事でやりにくさもあった様子。ちなみに毒舌に対してフォローは欠かさない。締めに「長生きしろよ」と付けることも多い。
よく毒蝮氏の毒舌で「クソババア」「クソジジイ」と語られる事が多いが、本人や関係者からは「クソを付けて呼んだ事は無い」と否定されている。
あの立川談志にタチの悪いイタズラをしたのだが、当然激怒してきた談志を逆にやりこめて閉口させた伝説があるらしい・・・。
ウルトラシリーズ
芸名を付ける発端にもなったウルトラシリーズ出演だが、当人は起用の理由について「輝いているのと同時に安くて丈夫だった」と語っている。
『ウルトラセブン』で共演したひし美ゆり子は当時フルハシ隊員が好きだったと語っており、それを聞いたキリヤマ隊長役の中山昭二は「蓼食う虫も好き好きだな」と述べたという。
平成ウルトラセブンでもフルハシ役で出演していたが、2005年12月に腸閉塞で入院したことから『ウルトラマンマックス』は端役での出演となった。
主な出演
テレビドラマ
※上記2作に出演したため当時は子供人気が高かった。
『ウルトラマンを作った男たち 星の林に月の舟』(1989年):怪獣アクター・村川
『平成ウルトラセブン』シリーズ(1994-1999年):フルハシ・シゲル
『ウルトラマンマックス』(2006年):ビルの警備員(特別出演)
映画
『裸の大将』(1958年)
『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』(1973年):石田良吉
『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』(1990年):刑事
『ウルトラマンゼアス』(1996年):リポーター
『大怪獣モノ』(2016年):本人役
バラエティ
『笑点』:二代目座布団運び役(1967年1月-1969年11月)。2016年5月8日放送で46年ぶりに出演。
アニメ
『ウメ星デンカ』(1969年):ゴンスケ
『ルドルフとイッパイアッテナ』(2016年):トラックの運転手
その他
母と子のテレビ絵本(NHK教育)「ルドルフとイッパイアッテナ」:語り